2025.10.10 19:00
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青山なぎさは、とても面白い人物だ。2020年に『ラブライブ!スーパースター!!』の葉月 恋役で声優デビューし、同作品のスクールアイドルグループ「Liella!」のメンバーとして華々しく活躍、『めざましテレビ』のイマドキガールとしてテレビにもたびたび出演する一方で、鳥と芋をこよなく愛し、突飛な言動で人を笑わせるユーモラスな一面もある。
そんな彼女の真髄に触れられるのが、2024年から始めたソロアーティスト活動。全曲セルフプロデュース、自身の作詞によって制作された楽曲群には、青山なぎさの人生が詰まっている。クラシックバレエ、部活動、ミュージカル、アニソン、K-POP──さまざまなルーツが落とし込まれた最新ミニアルバム『Roots』を通して、青山なぎさという人間に迫る。【最後にプレゼント情報あり】

小学生の頃に「最後まで諦めない」と決めた
──Bezzy初登場になりますので、まずはご自身の活動のルーツ、声優や芸能活動を始めたきっかけについて教えてください。
今の活動のルーツになるのは、4歳の頃から習っていたクラシックバレエです。私は小さい頃から歌ったり踊ったりするのが大好きで、それこそ2歳くらいの頃からモーニング娘。さんの「LOVEマシーン」をちゃぶ台の上で歌っていたらしいんですけど(笑)、それがきっかけで親がバレエを習わせてくれたんです。小学生の時には、日本を代表するバレエ団のオーディションを受けて、子役として公演に出演させていただいたことがあるのですが、そこで初めてプロの方々と一緒に大きい会場で踊らせてもらった光景がずっと忘れられなくて。
──それが大舞台・ステージでの活動を目指す原点だったと。
ただ、その後身長の伸び悩みもあってバレエの道は諦めて、高校に進学したのと同時に、何か新しいことをやりたいなと思って始めたのがバレーボールでした。それも部活動で3年間しっかり取り組み、自分の中ではもうやり切った気持ちがあったので、大学生になって「次は何をしようか?」と考えた時に、自分が好きだったダンスや歌に繋がることをやりたいと思い、ミュージカルサークルとアカペラサークルに所属したんです。
そこで音楽とダンスにどっぷりハマり、もう一度プロを目指したいと思ったのが大学2年生の頃。当時はミュージカル女優になりたくて、専門のレッスンにも通い始めたのですが、私の年齢では芸能の世界を目指すのは少し遅すぎたので「自分の知名度を上げて集客力を付けなくてはいけない!」と思い立ち、ミスサークルコンテストに参加したんです。そこで毎日SHOWROOM配信を行い、応援してくださる方を見つけていったのですが、その頃から今でも支えてくださっている方がたくさんいらっしゃるんですよね。本当にありがたいことです。
──当時の地道な活動が今に繋がっているわけですね。結果、「MISS CIRCLE CONTEST 2019」で青山さんは準グランプリに選ばれました。
そんななか、2020年はコロナ禍ですべての活動がストップしてしまったのですが、ちょうどその頃に『ラブライブ!シリーズ』の一般公募オーディションが行われているのを知ったんです。私の従姉妹が『ラブライブ!シリーズ』の大ファンで、私もその影響ですっかりファンになっていましたし、私が目指している歌やダンス、お芝居ができるお仕事ということで、すぐに応募したところ、運良く合格となり、声優デビューさせていただきました。
──2020年からは『ラブライブ!スーパースター!!』の葉月 恋役およびLiella!のメンバーとして、アニメはもちろんライブやTV番組などの各種メディアで幅広く活躍されています。
その意味では、『ラブライブ!シリーズ』のオーディションに受かった時点で「ステージの上で歌って踊れる人になりたい」という夢は叶ったのですが、今はもっとその先のことも見ています。例えばもっと成長してパフォーマンスのクオリティを上げていきたいですし、ミュージカルにもどんどん挑戦していきたい。そして、色々な活動をさせていただくなかで、歌や声で何かを表現する楽しさにも気づいたので、2024年の5月からソロアーティスト活動も始めさせていただきました。
──お話を聞いていると、青山さんは自分のやりたいことを見つけたら、それに向けてまっすぐ突き進む方みたいですね。
「一度決めたことは最後までやりきる」というモットーは小学生くらいの頃から決めていて。それこそ筆ペンとかで「最後まで諦めない」みたいな意気込みを自分で書いて、それを勉強机の前に貼っていました。逃げたい気持ちになった時にはそれを見て、過去の自分に恥じない行動をするように心掛けていて。
──小学生の頃に?
はい。今、考えると、あの時はめちゃくちゃ意識高い系でしたね(笑)。今は普通だと思うんですけど、多分、小学生の割には将来のことを考えながら行動していたように思います。

──その頃はクラシックバレエに打ち込んでいたわけですが、当時からストイックに夢を追うタイプだったのですか?
バレエの稽古は本当に厳しくて、泣きながらやっている子もいるような感じだったので、逆にそういう環境に慣れすぎてしまって、中学で器械体操部に入った時に、「こんなにゆるいんだ」と思ってしまったんですよね。柔軟性を高めたらバレエに活かせるかなと思い入部したのですが、これなら家で柔軟運動をすればいいかなと思って1年で辞めてしまって。そこで私は厳しい環境でないと逆に物足りなさを感じてしまうことに気付いて、高校では学校の中で一番厳しい部活に入ろうと思って始めたのがバレーボールでした。私が通っていた学校の女子バレーボール部は、男子の野球部やサッカー部よりも厳しくて、先輩からも「厳しすぎて青春を満喫できないからおすすめしない」と言われていたのですが、顧問の先生が学内の奉仕活動にも積極的に取り組んでいる方で、それがすごく素敵だなと感じて。運動することで精神面を鍛えるだけでなく、人間としても成長できるかなと思い、入部しました。
──まじめというかストイックなんですね。
人からはよく「まじめだね」と言われるんですけど、自分ではあまりよくわからなくて。でも、自分で自分を追い込むのが好きなタイプだと思います(笑)。追い込んでいくことで「私は今、生きてる」というのを全力で感じたい。そういうことだと思います。
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