2025.10.05 17:00
2025.10.05 17:00
毎シーン丁寧に臨める時間は贅沢だと思う
──ドラマも観た上での感想ですが、ひと続きの映画として完成度が素晴らしくて、ドラマで放送されていたことがちょっと意外だなと思うぐらいでした。映画化で再編集されたポイントも興味深かったのですが、鳴海さんはドラマから映画で変わった点について思うところはありましたか。
そうですね、やっぱりドラマだと毎話毎話全く違う物語を観ているように感じられるのが、映画だと“みみずくん”のお腹の中の描写があることによって、ひとつの物語としてそれが繋ぎ目になっていて。面白いまとまり方をしているなという印象でした。
──鳴海さんの主演作『アイロンのある風景』については、 “3.11”をより想起させるような終わり方になっていました。
そうですね。ドラマより、より地震へのメッセージ性みたいなものが強くなってると思います。

──個人的には原作・ドラマ・映画それぞれで余白のキャパがこんなに違うんだってことを再確認できました。原作にある余白をそのままドラマでやると多分訳がわからなくなってしまう。映画とドラマにおいても同じようなことが言えるけど、小説はその余白が心地良かったり。鳴海さんはさまざまな映像作品に出演されていますが、映画に参加する時ならではの意識や、それぞれの良さを感じることはありますか。
願望としてはどの作品に入る時も同じでありたいんですけど、でもやっぱりドラマの撮影はすごく時間が限られていて、常に追われている状況の中でいかに瞬発的に表現するかっていうことが求められたりだとか、なかなか準備ができなかったりとか、そういう中で生み出す楽しさがあります。でも一方で映画に参加させていただく時は、時間をかけて毎シーン毎シーンに臨める時間が贅沢だなって思うことが多くて。
今回は最初ドラマではあったんですけど、完全に作り方は映画だったので、何度も監督とディスカッションしたりとか、事前に現地に訪れる時間を設けてくださったりとか、そういったことを丁寧に時間を作ってもらえたのはすごくありがたいことでした。でも、それは映画だからとかじゃなくて、どんな作品でも自分自身もそういう時間を作れたらと思っています。

──自分は鳴海さんを『七夕の国』で知って、なんて素敵な人がいるんだって思ったんです。それから『わかっていても the shapes of love』も拝見して。
嬉しい! ありがとうございます。そうですね、配信ドラマも時間をかけられることが多いので、そういう意味では配信ドラマはすごく映画的に撮れることも多いのかなとは思いますね。
──テレビドラマはどうしても放送時間が決まってるけど、配信って1話あたりの時間もバラバラだったりしますもんね。
そうですね。自由度が高いです。それこそ観てくださった『わかっていても』も中川龍太郎さんが監督なので、贅沢に時間を使って作れたものでした。そういった意味では配信作品を通じてそういう垣根がなくなっていっているのかなと思うので、すごく良いことだと思います。

──今年は阪神・淡路大震災から30年、かつ戦後80年の節目の年です。それら人々の価値観を変えた出来事を風化させまいとさまざまな作品が制作されていますが、そういった出来事を語り継いでいく上で役者として心がけていることはありますか。
その時代背景をとにかく勉強することですね。それこそちょっと余談になっちゃうんですけど、『あんぱん』で戦後すぐに南海で起きた南海大地震を描くシーンがあって。それは結局“柳井さんがそれでも寝てた”っていう、ある種コメディのシーンだったんですけど、それをリハーサルで話してた時に北村匠海さんが、「このシーンは軽く描いちゃダメだと思う。日本には地震というものがあまりにも根付いている。被災している方もたくさんいて、このシーンは笑えるシーンだけど僕たちが笑ってやっちゃダメだと思う」とおっしゃっていて、「確かにそうだ」と思って。
そのリハの後、すぐに震災のことを勉強して臨んで、芝居をすることで笑えるシーンにはなってるんだけど、皆が本当に柳井さんを心から心配しているから“笑える、生きてて”っていう、そこの真剣さを表現できました。実際にそういうシーンを経たからこそ、今後実際に起きたことを扱う時は、どれだけライトなシーンであっても常に勉強することを忘れたくないなって思います。
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