2025.09.16 18:00
2025.09.16 18:00
佐藤二朗は、30歳以上も歳の離れた彼女のことを「怪物」と評した。そして、その賛辞が決して大袈裟ではないことを多くの観客が知ることとなった。
俳優・伊東蒼。第40回日本アカデミー賞で6部門受賞した『湯を沸かすほどの熱い愛』で注目を集め、『空白』『さがす』『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』など数々の映画で鮮烈な印象を放つ若き演技派が今、自身3度目の舞台に挑んでいる。
その舞台は、Bunkamura Production 2025『アリババ』『愛の乞食』(※伊東は『愛の乞食』のみ出演)。多くの名優を驚嘆させる「怪物」は、アングラ演劇の祖と名高い唐十郎の初期作でどう化けるのか。取材時、稽古真っ只中だった伊東に話を聞いた。

色彩感覚が唐さんの世界と近いと思う
──『アリババ』『愛の乞食』で主演を務めるのは、安田章大さん。初共演となりますが、伊東さんから見て安田さんはどんな人ですか。
常に全体のことを考えてくださる方です。私がちょっとやりにくいなと思っているところがあったら、「そこ、やりにくいやんな?」と先に気づいて、どうすればいいか一緒に考えてくださるんです。「動きたいように動いてくれていいで」と常に声をかけていただいたり、動きだけじゃなく、私の気持ちの流れも気にかけてくださって。そんなに言葉を交わさなくても理解してくださる包容力のある方ですね。
──安田さんは兵庫出身。伊東さんは大阪出身。今回は座組みも関西人が多くて、賑やかそうですね。
稽古場では彦摩呂さんや(福田)転球さんがボケて、安田さんがツッコむというのがおなじみの光景になっています。私はそのやりとりを見てただ笑っているだけなんですけど、賑やかで、本当に楽しい現場です。
──『アリババ』『愛の乞食』は唐十郎さんの作品ですが、伊東さんは小学生のときに唐十郎作の『ビニールの城』をご覧になっていたそうですね。
もう10年近く前に観たんですけど、人形があったなとか、照明が奇抜だったなとか、そういうことをすごく覚えていて。当時、まだ内容は理解できていなかったんですけど、音とか絵が私の中に残っていて、舞台をやるたびに思い出す作品です。
──ある種、ご自身の原体験となる作品になったと。
私は普段から絵を描くんですけど、モノクロよりカラフルなものが好きで。その色彩感覚が、唐さんの世界と近しいものがあるのかなって。今こうして稽古をしていてもやっぱり自分は頭で理解するより先に、反射的に気持ちや身体が動いてしまうものが好きなんだと思うところがあります。
──ぜひ稽古の感想を聞かせてください。
台本を読んでいるだけでは読み解けなかった感情が、稽古をしていると自然と溢れ出てくるんですね。本読みのときから(演出を務める)金(守珍)さんが「とにかく楽しんでくれればいいから」とおっしゃってくださって。その言葉をお守りにして、稽古でも楽しんでやることを意識しています。
──唐さんの作品って一度読んだだけではなかなか全容を掴めない気がするのですが、最初に台本を一読したときはいかがでしたか。
「……おや?」と(笑)。時間軸とか年齢とか、何もわからないまま読み終えてしまって、どうしようと思ったんですけど、ポスター撮影のときに金さんから「難しく考えなくていいよ」と言っていただいて。あと、稽古に入る前に(映画『湯を沸かすほどの熱い愛』で共演し、過去に何度も唐作品に出演している)宮沢りえさんとお話しする機会があったんですね。そのときも、「言っててカッコいいセリフが絶対見つかるから、とにかく楽しんで」「どうしようと思うことがあっても、金さんを信じて楽しめば大丈夫」とアドバイスをいただいたので。お二人の言葉を信じて、まずは台詞を口に出したり、動いてみることを一生懸命やろうと決めました。
──唐作品といえば、やはり身体性を問われるものですが、稽古をやってみてそのあたりも新しい発見がありましたか。
それこそ台本を読んだときは、これってどういう気持ちで言っているんだろうというようなふわっとしていた台詞が、動いてみることでわかるというか。自分では思ってもみなかったような声が出たり、台詞が出る前に体が動く瞬間があったりして、頭で理解するのではなく、体から役に近づけている感覚があります。

──もともと伊東さんは映像でも、体を使ってこまやかに感情表現する方だという印象があります。近作で言えば映画『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』での告白シーンで、足のつま先がぴょこっと上がるところなんて素晴らしいなと。
あれは実は意図したものではなくて、私も言われてから、あとで映像を観て気づいたんです。あのときはとにかく小西くんにフラレたくない一心でやっていたら、ああいう動きになっていたという感じで。
──計算じゃなかったんですね。
そうなんです。なので、今回の舞台は自分の体の使い方を見つめ直す機会になりました。普段映像のお仕事が多いので、どうしても指先とか足先とか小さいところでお芝居をやりがちだったんですね。映像ならそれで成立しても、舞台はそうじゃない。全身を使うことに意識を向けてみたら、こんなに自由になれるんだと思うことが多くて。いつもより何倍も感情が広がった感じがして自分でも驚いています。
次のページ
