2025.08.29 18:00
2025.08.29 18:00
役者というのは、きっと最後は人間性だ。技術の巧拙はもちろんあるが、それは核心ではない。真摯に、誠実に生きている役者の芝居はすっと胸に沁み込むし、人間の厚みがそのまま役の厚みとなる。そんなことを奈緒の話を聞きながら思った。
今や多くの主演作を抱えるトップ女優の一人でありながら、常に周りへの気遣いを欠かさず、柔和で謙虚。朝露またたく草木のように瑞々しい感性で世界を見つめ、学び続けている。彼女の演じる役に信頼を抱き、共感を覚えるのは、奈緒自身の生き方に知らず知らずのうちに魅力を感じているからかもしれない。
連続ドラマW-30『塀の中の美容室』で演じたのは、ある事件によって懲役を受けた女性・小松原葉留。服役中に美容師免許を取得した葉留は、刑務所内に設置された「あおぞら美容室」で美容師として働いていた。訪れるのは、塀の外で暮らす一般客たち。「髪を切る」という行為を通じて、客たちも葉留自身も心を再生させていく。
なぜ奈緒はこんなにものびやかでいられるのか。日常を豊かに楽しむために彼女がひそかに実践している心がけを教えてもらった。

松本さんの存在が、仕事を続ける勇気になる
──奈緒さんにとっては、『春になったら』ぶりの松本佳奈監督とのタッグです。
ちょうど『春になったら』の撮影が終わった頃、松本さんから「奈緒ちゃんがよかったら……」とお声がけをいただいて。絶対にまた松本さんと一緒にやりたいと思っていたので、ぜひとお返事しました。
──それだけ松本監督は大きな存在なんですね。
本当に大好きな方です。このお仕事をしているといろんな出会いがありますが、松本さんがこの世界にいるということは私の中でこれからも仕事を続ける勇気になると思います。新しい出会いが怖くなるときもあるけど、知らない環境に飛び込んだときに、またこんな出会いがあるかもしれないと思ったら勇気が出る。それは松本さんだけでなく、『春になったら』の現場で出会ったみなさんに対して同じ想いがあります。
──そう感じるのは、松本監督のお人柄に対してですか。それとも作品づくりへの姿勢に対してですか。
本当にすべてなんですけど、一番はお人柄なのかなと思います。松本さんは、現場で決して大きな声を出したり、怒ったりしない。負の感情にまったく引っ張られないんですね。
聞いたら、それは松本さんが心に決めていることだそうで。そうやって松本さんが自分自身に約束をしているから、ああいう素敵な現場が叶うんだなと思いました。本当にタフで、現場で何があっても松本さんが中心にいたら大丈夫と安心させてくれる方です。

──今回、役づくりで原作のモデルとなった岐阜県の笠松刑務所に行かれたと聞いています。そうした準備の時間は演技にどんな影響をもたらしましたか。
この仕事は、自分が経験したことのないことを、作品を通して経験しなければいけなくて。それは時に心細く不安なこともあるんですけど、だからこそ1日でも体験できる機会があるだけで、自分の歩むべき道の幅が広がった感覚がありました。
刑務所の方にお話を聞くと、すごくルールが多いんですね。たとえば人とすれ違うときにどうしたらいいのか。受刑者はそこで一回立ち止まらないといけないんですけど、じゃあいつまで止まっていればいいのかとか、細かいところまで決められていて。これはやっていいのかどうか一つ一つ教えていただくことで、塀の中で生きる人として私自身がナチュラルにいられるようになりました。きっと葉留も刑務所に入ってそういうことを一から教えてもらっていたと思うので、葉留を知るプロセスとしても、いい時間だったと思います。
──美容師の役づくりとして美容指導も受けたそうで。
そうですね。マネキンを使ってカットの練習をしたのですが、実際に人の髪の毛を切るとなるとまた違うと思ったので、そういう練習もさせていただきたいですと相談して。時間に限りがあったんですけど、その中でみなさんに協力いただいて、できる限りのことはやらせていただきました。

──実際に人の髪も切ったんですね。
エキストラさんが立候補してくださって、お二方切らせていただきました。マネキンが相手だとしゃべることがないので黙々と切っていたんですけど、やっぱり人が相手だと会話が生まれるじゃないですか。しゃべりながら髪を切るのってこんなに大変なんだって、やってみて初めて実感しました。
でもそこで練習の時間を持てたおかげで、お客様の髪を切るってどういうことなのかを知ることができた。きっとあの時間がなかったら、本番では相当ドギマギしていたと思います(笑)。私にとって役づくりは、自信を持って本番に臨むための時間なんです。
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