テント公演でしか味わえない醍醐味、体感すべき魅力を解説
安田章大の“特権的肉体”が縦横無尽に跳ね回る!新宿梁山泊『アリババ』『愛の乞食』開幕
2025.06.17 18:30
2025.06.17 18:30
ポイントはどれだけ賛否両論をもらえるか
『アリババ』に続いて上演されるのは、『愛の乞食』。都内の公衆便所で生命保険会社に勤める田口(安田章大)は、公衆便所で具合の悪そうなミドリのおばさん(金守珍)を介抱していた。深夜になるとキャバレー「豆満江」(ズマンコウ)になるこの公衆便所は、かつては海賊として名を馳せたが、今は社会の隅にひっそり隠れ住む男達の溜り場となっていた。もはや出発すべき船も海もなくし、燻る彼等の元に、「曼珠沙華」という名の少女(水嶋カンナ)が現れる。彼女はオウムを肩に乗せた片足の男を待っている。彼と共に遠く海の彼方に旅立つ事を夢見ている。あどけない少女に男達は、かつて海賊として大陸を荒らし回っていた時に出会った一人の女の面影を見出す。彼等もまた、伝説の海賊ジョンシルバーを待ち続けていた。そんな彼等の所にやってきたのは……。

真夜中の公衆便所から太平洋戦争敗戦後の満州の港まで、こちらも縦横無尽に時空が飛ぶ。唐作品をある意味シンプルかつスタンダードに演出した『アリババ』に対し、こちらはなんともエンターテインメント性が溢れた作品となっている。会見で金守珍は今回の舞台を「唐十郎さんが他界されたことによって、僕らが原点に戻って、唐さんの20代の元気あふれる時の作品から、また読み直して“誤読”していこうという作品」と語ったが、安田章大と金守珍のゆるくコミカルな掛け合いをはじめ、歌やダンス、客席を巻き込んだ演出など、なんとも楽しくエネルギッシュで『アリババ』とは対照的。しかしこれもまた、唐作品の持つ顔の1つであるし、『アリババ』ともモチーフは共通しているのが面白い。こちらでは安田はイマドキなサラリーマンと伝説の海賊“ジョンシルバー”を演じているが、後者で登場してきた瞬間の空気の変容ぶりにも注目だ。

安田は会見で「どれだけ誤読して、どれだけ世間の皆様から賛否両論をもらえるかどうかというところが、唐十郎さんが喜んでくださるポイントなのかなと思っています。アイドルがアングラの世界に足を突っ込む、そうすることによって、どんな化学変化が起きて、いろんな情報がぐるぐる回り始めて、世間がにぎわってくれるのか。70年代の学生運動がある中、本当にいろんなものが起きていた時代だったんで、そういうエネルギーがたぎっている時代を、令和にもう一度呼び寄せたら」と語ったが、金と新宿梁山泊、そして安田の今回の目論見は、少なくとも見事に成功しているように見える……それほどまでにエネルギッシュで、なんとも“楽しい”空間がそこにはあった。
テント芝居には、一種の魔法がある。一度体験すると、劇場での観劇とはかなり違うことが身をもって実感できるはずだ。テントの外から聞こえてくる車の音、街の喧騒、パトカーや救急車のサイレン……ときには雨や風の音が、舞台上で行われている芝居に容赦なく介入してくるし、ときにセリフや舞台の進行を妨げることもある。

しかし、それこそがテントの醍醐味! 私たちの住んでいる現実世界と、フィクションの世界を隔てるものは、薄いテントの幕だけ。何が虚構で、何が現実か……狭い空間の中で役者の息遣いと肉体の躍動を身近に感じながら、観客席の熱気とともにその境界が曖昧になっていくのを実感する。公演が終われば、テントは解体され、そこに存在された物語はまるで夢だったかのように、劇場は更地に戻る……そんな体験は、テントでしかできない。唐十郎率いる唐組の“紅テント”、佐藤信率いる“黒テント”、そして状況劇場で唐十郎の薫陶を受けた金守珍率いるこの“紫色テント”。1960年代から脈々と続くテント芝居の伝統と魅力は、今の時代の人にもしっかりと伝わるのではないだろうか。
また、これはネタバレではないことを前置きしてお伝えすると、アングラ芝居には「屋台崩し」という“伝統”がある。本来、舞台セットが次々と崩れたり解体されたりする演出を表す古い舞台用語なのだが、アングラ芝居におけるそれはまた一味違い、背景の壁すら取り払われるのが大きな特徴だ。テント芝居において壁が取り払われるとどうなるか? そう、“外の世界とつながる”のだ。今回の『愛の乞食』でも新宿梁山泊伝統の屋台崩しは健在! これぞ、テントの幕すら取り払われ、現実とフィクションの世界の境目がなくなっていく瞬間。本物の水を使った大迫力のステージが新宿・歌舞伎町の夜に溶け込んでいく様は、強烈に記憶に焼き付くはずだ。

最後に。これから観劇する、今作でテント芝居初体験の方たちへ少しアドバイスをすると、暑さ寒さ、そして虫対策はぜひ入念に!(気温が上がった場合、虫除けスプレーとネッククーラーを持っておくと吉)。けして快適な環境ではないかもしれないが、それだけにかつてない観劇体験ができることは間違いない。それでいて、その日の天気や状況(周辺で事件や火事などが起こったら、当然その喧騒が舞台に影響する!)が舞台にも影響し、1日たりとも同じ体験はできないのがテント芝居。ストーリはわけがわからない(!?)かもしれないが、なにかセリフや劇的な場面が心に残ったり、自分のイマジネーションを増幅し、固定概念の枠を外してくれる……そんなテント芝居ならではの“一期一会”の楽しさをぜひ、存分に味わってほしい。
