2025.06.03 17:00
2025.06.03 17:00
白井晃の美学は字幕に至るまで細部にも
記者会見で、「14歳の頃に初めてデヴィット・ボウイに出会って、彼との出会いがなければ恐らくバンドマンにもなってなかったし、デビューもしていなかったし、SOPHIAもなかった。となれば、この話を受けない選択肢はなかった」と語った松岡。初日の2週間前までSOPHIAの30周年記念全国ツアーを回っていたというハードスケジュールの中でこの役を受けたのは、それだけデヴィッド・ボウイへの思いがあったから。この作品の彼からは、そんな思い入れが十二分に伝わってくる。

そういう意味では、デヴィッド・ボウイ楽曲をさまざまな人が歌唱する面白さというのを堪能できる作品であることは間違いない。とにかく、キャスト陣は歌唱力も演技力も実力派揃いなのだ。少女役の豊原江理佳の透明感ある歌唱、鈴木瑛美子演じるエリーの生々しい女性らしさ。白井作品に数多く出演している崎山つばさのフレッシュさもありながら堂々とした歌唱や、上原理生演じるバレンタインのどこか禍々しい存在感など、元の楽曲を知っていると「この曲はこんなイメージになるのか!」という新鮮な驚きを得ることもできるし、今作の書き下ろし楽曲の魅力もたっぷりと堪能できる。なお、今回メインキャストで唯一歌唱がないザック役の渡部豪太は記者会見で開口一番「今回は一切歌唱いたしません!」と発言し笑いを誘ったが、ある意味この舞台の中でもっとも“リアル”な人物と言ってもいい役柄を彼が演じたことで、観客がこのある意味難解な世界に入り込む手助けとなっている。


これまで、『バリーターク』『アーリントン』『Medicine メディスン』と3作のエンダ・ウォルシュ作品を演出してきている白井晃。現在、世界各国で上演されているこの『LAZARUS』だが、演出の微妙なチューニングによりその印象はかなり左右されるものだという。この日本初演版が非常に繊細で内省的な作品になっているのは、おそらく彼の経験からくる作品解釈もあるのだろう。かつ、この頽廃的で、それでもどこか惹かれずにはいられない美しい世界観は、白井晃のもっとも得意とするところだ。楽曲の字幕も舞台上で様々な形で表現されるなど、舞台の隅々にまで彼の美学が行き届いている。

デヴィッド・ボウイが亡くなったとき、多く見られた表現が「星に帰った」だ。それはもちろん、地球を救おうと現れた架空のロック・スターアイコン「ジギー・スターダスト」を演じたことで大ヒットを飛ばしたデヴィッド・ボウイにちなんだ表現でもあるし、そして同じようにこの『地球に落ちて来た男』という作品をも意識した表現でもある。アルバムごとに違う“誰か”になることで“デヴィッド・ボウイ”を表現してきた、そんな彼が最後に残した作品がこれかと考えると、とても興味深いし考えさせられることは多い。
そしてそこにあるのは、“生”と“死”という、とても普遍的なテーマ。この『LAZARUS』は、デヴィッド・ボウイが残してくれた綺羅星のような楽曲とこれらのメッセージを受け取ることができる“ギフト”なのだ。
