根底にある喜劇の本質、観客に委ねられる“本当の裁き”とは
シェイクスピアの傑作が現代に問いかける、正義とは何か?草彅剛主演『ヴェニスの商人』開幕
2024.12.06 20:00
2024.12.06 20:00
12月6日、日本青年館ホールにて舞台『ヴェニスの商人』が開幕。世界で最も高名な劇作家ウィリアム・シェイクスピアが残した喜劇の一つであり、これまで何度も上演され続けてきた傑作に、新たな息吹が吹き込まれた。
稀代の悪役・シャイロックを演じるのは草彅剛。タイトルにもなっているヴェニスの貿易商・アントーニオに忍成修吾。騒動の発端となる親友・バサーニオに野村周平。そして、八面六臂の活躍を見せる富豪の娘・ポーシャとその侍女・ネリッサを、それぞれ佐久間由衣と長井短が演じる。
演出は、現代演劇界の先頭に立つ森新太郎。今考え得る最高の布陣で臨む『ヴェニスの商人』は、混迷の令和の世にどんな裁きを下すだろうか。
物語は、迫害を受け続けた男の復讐劇
舞台上は、三方を裂け目の入った壁で覆われている。その裂け目は、民族の分断にも思えるし、大衆が当たり前のように信じる正義に走った亀裂を連想させる。日本の演劇界を代表する舞台美術家・松井るみによるシンプルでモダンな舞台美術が、古典の世界に洗練と、豊かな想像をもたらしている。
開幕とともに、そんな箱庭のような世界に演者たちが続々と乗り込んでくる。本作で、演者たちは劇中出ハケを一切しない。舞台後方に設えられた座席に座り、出番が来ればそこから立ち上がり、出番が終わると再び着席する。ずらりと並んだ監視の目は、これから始まる“世紀の裁判”の傍聴席といった趣だ。
物語は、まずバサーニオがアントーニオに金の相談をするところから始まる。想いを寄せるポーシャに結婚を申し込みたいが、それには3000ダカットの大金がいると言う。情に厚いアントーニオは親友の頼みに快く一肌脱ごうとする。だが、貿易商であるアントーニオは、今、所有している船がすべて海上に出ており、持ち金がないらしい。そこでアントーニオは、ユダヤ人の高利貸し・シャイロックに借金を頼み込む。
シャイロックが出した条件はただ一つ。もし期日までに返済ができなかったら、アントーニオの体からきっかり1ポインドの肉を切り取らせてもらうこと。自らの命を人質にした取引に、アントーニオは応じる。それが、やがてヴェニスの法廷を巻き込む大騒動となることも知らずに。
舞台『ヴェニスの商人』の根底は、喜劇である。喜劇の本質は、何か。それは、窮地に陥った者たちの狼狽や悪あがきから炙り出される人間のエゴや愚かさだ。この物語にも、困っている人たちがたくさん登場する。その奮闘が滑稽で、密やかな笑いを誘う。
バサーニオは、ポーシャと結婚するために躍起になり、ポーシャはポーシャで意に沿わぬ相手と結婚させられるかもしれない状況に困惑している。そして、バサーニオの友人・ロレンゾー(小澤竜心)もまたシャイロックの娘・ジェシカ(華優希)と恋におち、唾棄すべきユダヤ人の男から愛する女性を奪い去るために、あれこれと策を弄する。
二人の駆け落ちは、第一幕の見せ場の一つ。華やかな仮装舞踏会にまぎれ、ジェシカは家を捨て、ロレンゾーのもとへ走る。まるで『ロミオとジュリエット』のような若き男女の恋だ。真紅のヴェールが舞台を舞い、それをかいくぐるように二人は未来を誓う。ヴェールに映し出された人影が不穏で、ロマンティックな躍動の中にこの先の波乱を予言するようだった。
娘を奪われたシャイロックは、アントーニオやロレンゾーらキリスト教徒への怒りに燃え上がる。そんな中、シャイロックのもとにある知らせが届く。アントーニオの船が一隻残らず沈没したという。財産を失ったアントーニオに、もはや3000ダカットを返す当てなどない。今ここにシャイロックの復讐劇が始まろうとしていた。
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