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INTERVIEW

劇中のマスクが象徴するものとは?ミア・ゴスへの敬意も語る

『インフィニティ・プール』ブランドン・クローネンバーグ監督の沈思と残虐描写への信念

2024.04.05 17:00

© 2022 Infinity (FFP) Movie Canada Inc., Infinity Squared KFT, Cetiri Film d.o.o. All Rights Reserved.

2024.04.05 17:00

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カルト的人気を誇るデヴィッド・クローネンバーグ監督を父に持ち、『アンチヴァイラル』や『ポゼッサー』を手がけ、その独特な世界観で映画ファンを魅了する鬼才ブランドン・クローネンバーグ。彼の監督長編第3作である『インフィニティ・プール』が4月5日から待望の日本公開を迎えた。

高級リゾート地を裕福な資産家の娘である妻と共に訪れた主人公のジェームズ。スランプ中の作家である彼は、新作の手がかりを探していた。そんな中、彼の小説のファンだと言う女性ガビに話しかけられ、彼の夫とダブルデートをすることに。「観光客はリゾートの敷地内に出てはいけない」というルールを破ってドライブに出かけるが、それが悪夢の始まりだった。

1人の人間の転落と倒錯を衝撃的なヴィジュアルで紡いだクローネンバーグ。本作の制作背景や物語に登場する象徴、自身の監督としてのポリシーなどについて語ってくれた。

4月5日(金)公開『インフィニティ・プール』予告編

「アイデンティティと記憶」×「罪と罰」

──本作の主人公ジェームズは作家として何かインスピレーションを求めていました。監督にとって、本作のアイデアに至ったきっかけやインスパイアされたものなどは何でしょう?

そもそもはオリジナルの短編として、最初の処刑シーンだけがありました。架空の国で自分と瓜二つの存在が、目の前で処刑される。その“もう1人の自分”には記憶が移植されていて、処刑が彼自身の罪によるものだと思っている。それを長編のアイデアとして書き始めたひとつのきっかけとして、当時僕が「アイデンティティと記憶」についての本を読んでいたことが影響しています。時代を超えて、人を唯一無二の存在たらしめているものとは何なのか。何が人を人たらしめ、あるいは物を物たらしめているのか。哲学者たちはこの問題と長い歴史の中で戦ってきました。

ガビ(ミア・ゴス)とジェームズ(アレクサンダー・スカルスガルド)

一方で、僕は「罪と罰」にも興味がありました。罪を犯した人を罰したくなる社会とは何なのか、と。なぜなら我々は罪を予防できるものとして、罰を人々の悪い行動を止める方法としてフレーミングしているからです。でも、よくこの話題について話していると……自分たちがそれらをまるで宗教的、宇宙的なものであるかのように話していると感じました。社会が感情的なレベルで満足するためには、誰かが罪を犯していて、彼らが罰せられなければいけない。そして、これら2つのアイデアが衝突して僕はこう考えました。

「さて、罪を犯すとは何なのか」

「罪を犯した記憶があるとはどういうことなのか」

「それは自分が犯した罪に自覚的であることなのか」

「罪を犯した人を罰することで社会は何を満足させるのか」

そして本作に登場する架空のリゾート地、リ・トルカ島ではこれらの問いが意味を失う。それを意図的にわかりやすく描いています。そこは現実とはわずかに何かが違う場所なんです。

『インフィニティ・プール』メイキングより

──監督の作品ではたびたび富裕層に焦点が当てられ、本作でも上流階級の人々の特権が描かれています。彼らはお金を払えば好き勝手にできると思っている。この種の問題について、監督ご自身はどのような考えをお持ちですか?

本作は特に富裕層についての映画、というわけではありませんがその問題も作品の一部になっていると思います。そして確かに、たくさんのお金があればたくさんのものを手に入れることができる。ツーリズムの文脈においても奇妙なことに、観光客は一種のバブルの中に存在していると思うんです。別の国を訪れているようで、その“実際の国”を訪れているわけではない。つまり、外国に来たと言ってもそこにある安全な遊び場に来ただけ、ということです。それらのアイデアは、僕が物語を広げていく段階の後の方で思いつきました。そして司法制度の結果、何をしても逃れられるようになるなど、人々が報いから解放された時に何が起こるのか考えようとした。リゾート観光地は、そういった物語を語る上で最適な環境のように感じたんです。

ガビ役のミア・ゴス

──本作は主人公がリゾート地で体験する恐怖を描く作品ですが、監督ご自身は旅先での恐怖体験などありますか?

特にない、っていうのが一番怖くて不気味だと感じます。お話した通り、リゾートって観光客のために作られた遊び場のようなもので、実際の場所の“別バージョン”なんですよね。商品化されたディズニーランド版のそこにいて、現地を体験することはない。僕にとって不安なのは、実際にそこに行くことができないことですね。

──不気味と言えば本作に登場するマスクなのですが、映画の中ではあまり説明されなかった要素でした。デザインのことも含めて、これについて少し教えていただけますか?

マスクは、ある種の伝統と結びつけることを目的としていました。世界中では様々な文化においてフェスティバルが開催されていて、時に人々はグロテスクなマスクを被る。特にラテンアメリカでそれが多く見受けられ、アイデンティティは異なりますがクリスマスの伝統であるクランプスなど、東ヨーロッパでも精巧で恐ろしい仮面を被る祭りがあるんです。祭りでマスクを被ることは、別の顔を使って自分自身を解放するだけでなく、新たなアイデンティティを獲得し、どのように振る舞っても自由になることを意味しています。

『インフィニティ・プール』より

本作で登場するマスクはとてもユニークで、実在の国のものに似させず架空の国のものとして作ることが大切でした。それが最終的に僕らの完成させた映画の中心的なイメージになると思ったから、独特で刺激的なものを作りたかったんです。そこで『武器人間』で知られるオランダの映画監督であるリチャード・ラーフォーストに連絡をとりました。彼は僕が長年大好きなコンセプトアーティストであり、漫画家でもある。彼の作品やデザインは本当に素晴らしいです。何年も前にファンタジア映画祭でお会いしたことがあったので、今回マスクのデザインをやってもらえるか尋ねると快諾してくれました。そしてすぐに様々なイメージを混ぜ込んで、彼の考えるデザインの方向に荒削りをしていった。早い段階から彼が優秀であることは明らかでした。

──マスクもそれぞれ細かいところでデザインが違うのが面白いですが、基本的には人体の変形を想起させるものでした。これまでの監督作を含め、作品の中で人体の破壊や変形を描く理由を教えてください。

様々な意味で「我々が何であるか」について考えるとき、僕は「我々は我々の体である」と思うんです。これは日々の体験から生まれる基本的な物の見方であり、もしあなたが心の他の機能を探求するなら、それは同時に体の他の機能を探求することになるということです。こういうのはSFやホラーで描きやすい。しかし、たとえばSFで描くにしても実際に起こり得るような予測できる近未来のテクノロジーを描くのではなく、見慣れた世界の一側面を取り上げてそこにわずかな捻りを加えたような、マジックリアリズムを持たせたいんです。そうやって通常の世界を破壊したい。特定のレンズを通すような世界の見方など、見慣れていると感じるものを馴染みのないものに変えることで、それらを新鮮な目で捉えることができる。つまり、体を歪めることで人間の体を脱習慣化すること、身体を別の方法で見ることを目的にしています。

ジェームズ役のアレクサンダー・スカルスガルド

──前作『ポゼッサー』でも人体をナイフで刺す際の残虐な描写が印象的でしたが、本作でも“罰”として全面的にそれが描かれていました。ご自身の作品における残虐描写の重要性について教えてください。

僕にとって自分の映画は具体的なプロットがあったとしても、ほとんどが登場人物の内面の物語です。だから、ストーリーを追うごとに重要になってくるのは暴力的に何が起きるかよりも、キャラクターの心理的な進化やそれに伴う体験なんです。一般的に言えば、映画として残虐なものを見る方が、よりインパクトがあると思います。なぜなら、芸術形式としての映画の力は、観るものをその場に連れ出すような没入性を持っているから。だから映画の特性を最大限に活用するには、やはり暴力を見せる方がインパクトはあると思います。でも常に、というわけではありません。時には目に見えない暴力の方が、見えなかったという事実によって強力に描かれることもある。しかし私の映画ではそれをハッキリ映している。なぜなら登場人物の物語に関わってくるその瞬間を、観客に直感的に理解してもらうことが重要だと感じているから。キャラクターに恐ろしいことが起きたと理論的に伝えるのと、それを実際に見せるのとでは同じようなインパクトは得られないでしょう。

『インフィニティ・プール』より

──加えて、前作の映画『ポゼッサー』でもキャラクターが、自分自身がどんな人間だったのか、わからなくなり始める描写が印象的で、そのアイデンティに関するテーマ性は本作『インフィニティ・プール』にも通じているように感じました。これについて少し話していただけますか。

ほとんどの芸術がある程度そうだと思いますが、特に“物語”というものは「人間とは何か」について何らかの形で描く傾向があります。たとえそれがSFであったり、直接的なものであったりせずとも、多くの場合私たちが人間として経験してきたことを描いている。そして恐らく、それが僕の脳の行き着く先なんだと思います。

「人間とは何か」という考えは、文字通り人間という生き物とは何か、意思を持つとは何か、人間であるとは何かという問いに執着している。でも僕は、ある意味でそれらが何でもないことだって思っています。結局のところ、僕は“魂”を信じていないし核となるアイデンティティのようなものがあるとも思えない。人間って、ある種のフィクションだと思うんです。つまり自分が独立し、連続した存在であると信じるための一種の脳のトリック。それは我々が自分自身に語る“物語”であり、互いに語り合う“物語”でもあるんです。人間というものに核のようなものは実はない。それは僕にとって興味深い考えなので、多分何度もそういうテーマに戻ってくるんだと思います。

『インフィニティ・プール』メイキングより

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ブレイクしたミア・ゴスの怪演について

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作品情報

インフィニティ・プール

 © 2022 Infinity (FFP) Movie Canada Inc., Infinity Squared KFT, Cetiri Film d.o.o. All Rights Reserved.

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インフィニティ・プール

2024年4月5日(金) 新宿ピカデリー、池袋HUMAXシネマズ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
原題:Infinity Pool
配給:トランスフォーマー
2023年/カナダ・クロアチア・ハンガリー合作/英語/118分/R18+

公式サイトはこちら

スタッフ&キャスト

監督・脚本:ブランドン・クローネンバーグ/製作:NEON

出演:アレクサンダー・スカルスガルド、ミア・ゴス、クレオパトラ・コールマン、トーマス・クレッチマン、ジャリル・レスペール

日本語字幕:城誠子

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