高畑勲と交流があった監督の考える日仏アニメの違いとは
『古の王子と3つの花』監督のミッシェル・オスロが意見する、アニメーション技術の過去と未来
2023.07.21 18:00
2023.07.21 18:00
「僕は太陽が燦々と降り注ぐヴィルフランシュ=シュル=メールで生まれ、海岸から少し遠いおばあちゃんの家にいました。海岸まで一人で行って、家に戻る日々でしたね。そしてカラフルな色彩が溢れるアフリカで幼少期を過ごしました。」
そう語るのは、今年80歳になるフランスを代表するアニメーション映画監督ミッシェル・オスロ。7月21日公開の最新作『古の王子と3つの花』のプロモーションのため、来日した。「運命は変えられる」という印象的なキャッチコピーの本作は、エジプト・フランス・トルコの3つの異なる都市と、古代・中世・18世紀という3つの異なる時代を舞台に、自分を信じることで運命を変え幸福を手にする3人の王子のエキゾチックな物語。
本作の制作背景やアニメーションの手法、そして数々のジブリ作品でも知られた高畑勲監督との交友があるオスロ監督に、日本のアニメーションの特徴について話を伺った。
2Dと3D、それぞれの魅力
──最新作『古の王子と3つの花』は3人の王子を通して3つのストーリーが語られる点が興味深かったです。本作を短編で構成されたオムニバス映画として制作した理由からお聞かせください。
実はオムニバスはプロデューサーや配給に好まれないスタイルなんです。だけど、僕はあまり長すぎない物語が好きなんです。1時間半の長編映画を観ても「あ、最後の30分は長すぎるな」って思ってしまう。それぞれ、お話に適した長さってあると考えています。10分で語るのがちょうどいいストーリーを、1時間半にしたら長すぎますよね。
製作の手順として、僕は最初に物語を書きます。そこからストーリーボードを描いてそこからアニマティック(絵コンテなどを、簡単なコンピューターグラフィックスで映像化したもの)にし、それを確認した時に本作の長さが決まりました。今回はひとつひとつの“お話そのもの”が適した時間を選び、私はそれを尊重したんです。次回作は標準スタイルに戻して、1時間過ぎ程度の作品を作ろうとは考えていますが。
──今回の短編について詳しく聞かせてください。
古代エジプトの物語である第1話「ファラオ」は私の人生にとっても大きなサプライズでした。ルーヴル美術館の館長が自ら電話してきてくださって、「何か一緒にやりませんか」とお話しをくださったんです。思ったこともなかったようなお誘いでした。最初はお断りしましたが、その時にルーヴルとしては次期開催の展示がアフリカ・スーダンのファラオの国をテーマにしていると聞きました(2022年開催の「二つの土地のファラオ:ナパタ王家の叙事詩」展)。そこで“黒人のファラオ”、つまり自分の好きな古代エジプトのファラオ王の物語と、僕の好きなアフリカという土地が融合されたコンセプトに対して、「やるべき」だと化学変化が僕の中に起こったんです。子供の頃から古代エジプト文明が大好きですし、アフリカで過ごした幼少時代には、とても良い思い出があります。なので、この二つを合わせたら素晴らしい一つのアニメ作品ができると感じて引き受けました。
第2話の「美しき野生児」は昔読んだことのあるオーベルニュ地方の民話を、ほとんどそのまま生かした作品になっています。あまり、内容は変えていなくて前からやりたかった題材でした。主人公の少年がすごく小さな声で囚人に語りかけて、囚人は声のみで姿が見えないという設定が好きです。少年の日本語吹き替えを務めた市川新之助の声も、素晴らしかった。
1話目、2話目というのはどちらかというと真面目なアプローチで、史実にも忠実な作品ですが、第3話「バラの王女と揚げ菓子の王子」に関してはファンタジーを盛り込んで、自分の好きなものを詰め込みました。王子様とお姫様の物語で、ちょっと生意気な主人公が登場したり、ズッキーニの揚げ菓子など美味しい食べ物を登場させたり……。おとぎ話ではありますが、劇中のコスチュームや宮殿の美術に関しては“本物”を意識しています。
──第3話の雰囲気が違うのは、アニメーションが他の2作のような2Dではなく3Dであるところにも感じていました。
そうですね。僕は3Dを使うことは好きなんですよ。3Dにすると普通の二次元では描けないイラストが描けるから。僕はツールとして使いこなせるので使いますが、重要なのはそれをどういう風にするか、その指揮官は僕であること。パソコンに勝手に決定させないことです。そもそも、本来は3Dアニメーション映画が大嫌いなんです。現実主義的すぎるテクスチャーになってしまうから、全く心惹かれない。僕の脳みそが退屈してしまうんです。自分の作品の志向にも反映されていますが、僕にとっては“本当”を描く時に“本物”である必要がないんです。だからおとぎ話の世界にとどまっている。
例えばポスタービジュアルにも描かれている衣装などは、とても平面的ですよね。ただ、豪華な装飾の部分は3Dにして少し現実的にしています。そんなふうに部分的に取り入れると、映像がとても軽やかになるし、平面的な部分が全体の素晴らしい繊細さを引き立てるんです。本作では、3Dという手法とおとぎ話を一緒に楽しんでもらいたいです。
──では、あまり技術が発展した近年の3DCGアニメーション映画もそこまで好きではないのでしょうか?
(アニメーション技術の向上という意味合いでは)気に入ってはいますよ。まあ制作のスピード感に関しても2Dとは違いますからね。ただ僕は紙っぽさ……“切り絵”的な表現もとても好きです。結局のところ、自分もパソコンが当たり前にある時代に生まれていたら、3DCGアニメを作っていたと思います。僕の場合、最初はブリコラージュと言って、自分でなんとか繋ぎ合わせていくところから入りました。僕の生まれた頃にはパソコンみたいなものがなかったから、とても無邪気な切り絵とか、そういうもので作りだすところからアニメーションにたどり着いたのだと思います。
まるでストップモーションのような形で一枚ごとに作っていた。紙で作られたマリオネットのようなものでも、アニメにしたら動き出す。そういうところに惹かれていたんです。しかし、制作時間は長くかかります。切り絵というのはとても魅力的な素材であり題材で短編には向いているものの、それを1時間半の長編で作るのは難しい。そこに限界は感じますね。
──本作ではそれぞれ3人の王子が自ら道を切り開く姿が果敢に描かれています。彼らを通して描きたかったものとは?
なんでしょう(笑)第1話はルーヴルからのオファーでしたし、第3話は僕自身も楽しみ、みなさんにも楽しんでもらいたい発想でした。第2話は他の作品と違い、ちゃんとした原作者がいてそのお話に惹かれたので……それぞれ出発点が違うんですよね。そのため、各話で王子の周囲に存在する人物の意地悪さというのは、僕自身が発明したものではなく、それぞれの民話や神話にすでに取り込まれていたものでした。
ただ、僕自身は原作をそのまま映画化しないので、厳密にはアダプテーション(脚色)とも違うんですよね。アイデアを拝借して、それを膨らませて自分は違うことをしています。
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