2026.02.04 19:00
2026.02.04 19:00
たくさんの女性たちが、彼女に憧れを抱いている。後輩たちは「憧れのアイドル」として彼女の名前を挙げ、同世代の女性たちも「彼女のようになりたい」と支持を寄せる。
幼い頃からこの世界で生きる鈴木愛理は今、大人の女性としてまばゆい輝きを放つようになった。
℃-ute、Buono!を経て、現在はソロ歌手として活躍。俳優業も好調で、ミュージカル『SIX』では、聖地・ウエストエンドにあるヴォードヴィル劇場の板の上にも立った。そして、1月23日に公開された『ただいまって言える場所』で映画単独初主演。親元を離れられない「子ども部屋おばさん」の中学教師・朝井えりこを演じている。
なぜ今多くの女性たちが鈴木愛理に憧れるのか。飾らない自然体の素顔に、その理由を見た気がした。

私もお母さんの手紙でいっぱい泣きました
──今回は、中学校の先生を演じました。演じてみて教師という職業について認識が変わった部分はありましたか。
今までずっと先生という職業を一括りで考えていたんですけど、中学校の先生というのは小学校とも高校とも違う難しさがあるなと思いました。相手は子どもだけど、もうすでに大人の心を持ちはじめている。でも高校と違ってまだ義務教育だから、親御さんも厳しく子どものことを見ていますし、決まりもいろいろ違う。大変な職業だなというのはリサーチの段階から感じていました。
その上で、自分が演じてみて思ったことは、教師もまた誰かの子なんだということ。特に今の世の中は学校教育に対する風当たりが厳しくて、先生はいろんな意見をもらう立場にある。でも、やっぱり先生だって人間なんですよね。完璧なイメージを勝手に抱いてしまうけど、先生も人間なんだということを改めて実感しました。
──映画を拝見して、現場の先生方は本当によく頑張って続けてくださっているなと思いました。
本当ですね。ファンの子に学校の先生をやっている子がいて、大変そうだなというのはなんとなく感じてはいたんですけど、役を通して先生の視点からいろいろ見ることで、改めて先生ってすごいなって尊敬しました。
──鈴木さんの演じたえりこは、生徒からも慕われているいい先生のように見えて、心の内にいろんなモノを抱えているキャラクターです。えりこの繊細さを表現する上で心がけたことはありますか。
最初に本読みがあって、そのときに監督から「そのままの鈴木さんで来てください」と言っていただいて。えりことは世代も近いですし、変につくり込まないほうが同じ感覚になれるのかなと。だから、ステージの上にいる鈴木愛理は一旦置いておいて、人間・鈴木愛理として現場に行くようにしていました。
──監督がそうおっしゃるということは、鈴木さんの中にえりこと近いものが?
あると思います。えりこはもともと正義感の強い女の子。それがあることで変わってしまって。「小さいときに負った傷が、大人になっても、かさぶたになっただけで剥がれてしまう」というようなことを言うんですけど、私はその台詞がすごく好きで。私も強く見られることが多いけど、いっぱい傷を持っていますし、それを乗り越えてここまで来た。そうやってなんとか強く生きていこうとするところはすごい似てるなと思って。今回は深く考えすぎず、自分の引き出しをどれだけ開けられるかという感覚で現場に臨ませてもらいました。
──不登校の娘を案じる母親によって、担任であるえりこはどんどん追いつめられていきます。あのあたりは、演じていても辛いものがあったのではないでしょうか。
言い方は難しいんですけど、えりこと一緒にしんどくなれたらいいなと思っていました。フラッシュバックと葛藤するのって、本当にしんどいことだと思うんです。誰かに相談したところで治るものでもないと思うので。だからこそ、私がえりこの抱えるしんどさを一緒に背負いたかった。今回、一歩ずつ前に向かって進んでいくということがこんなにも大変なのかと感じることができたので、それはすごく良かったなと思います。

──どんどん生気を失っていくえりこが、見ていて苦しくなるくらいでした。
今回、私の撮影期間が1週間くらいしかなかったんですね。学校のシーンと家のシーン、それぞれまとめてぎゅっと撮ることになって。同じ日の間に元気なときとそうじゃないときがコロコロ変わる感じだったので、切り替えという意味でも大変でした。なので、スイッチをちゃんと動かせるよう事前にちゃんと整理して。えりことしていられる時間は短かったけど、すごく濃縮した時間でした。
──あとは、なんと言っても母娘の愛がこの作品の大きな見どころです。お母さんとのメモのやりとりは涙を誘うものがありました。
あのシーンは、台本をいただいたときから泣いちゃいましたね。今観ても、いちばん心にグッと来るシーンです。なんなんでしょう、あれはやっぱり誰が見ても来るものなんでしょうか。お母さんの記憶って誰しも絶対に違うはずなのに結びつくものがある。すごく不思議ですよね。
私のお母さんも手紙とかよく書いてくれるタイプで。お母さんの文字に泣いたことはいっぱいあって。今でも覚えているのが、ソロになってすごくしんどかった時期に、私のいない間にお母さんが家に来てくれて、帰ってきたら置き手紙が置いてあったんですね。そこに書いてあったお母さんの頑張れの文字と家族の似顔絵に大号泣した記憶があります。
──いいお母さんですね。
私の場合、中学から大学卒業くらいまで、お母さんと二人で東京で暮らしていたので、家族の中でも特にお母さんと過ごした記憶が多くて。えり子とお母さんの関係性とか距離感も、すごく似ているなと思うことが多いんです。だから、あのシーンは、お母さんの書いた文字をまっすぐ受け止めることができました。

──10代の頃なんて悩みやすい時期ですが、ついお母様と喧嘩してしまうようなこともありましたか。
逆に当時はお母さんに何も言えなかったんですよ。あの頃は毎日がバタンキューの日々(笑)。家に帰っても、なんとか目を覚ました状態でお風呂に入るのがギリというくらいいっぱいいっぱいでした。そんな私を支えてくれたのがお母さん。心配もかけたと思いますが、本当、二人三脚だったなと思います。
℃-uteが解散したタイミングでお母さんが倒れちゃったんですけど、そのときに身に沁みて思いました。お母さんは今までずっと私と同じくらいフルパワーで動いてくれていたんだなって。だから、喧嘩は全然です。本当、私が朝起きなくて怒られるくらい(笑)。
──じゃあ逆に頑張る鈴木さんを見て、お母様がもらい泣きしちゃうことはありましたか。
うちの場合、泣くのはお父さんですね(笑)。ハロプロ時代、ライブと試合がかぶることが多くて(父親はプロゴルファーの鈴木亨)、基本観に来られなかったんですよ。ソロになってから、ライブが土日ではなく月曜になることが多くて、そうすると来られるんです。だからめっちゃ喜んでました(笑)。去年(2025年)のライブとか3回くらい来てて、なんだったら北海道まで駆けつけてくれました。今まで来られなかった分を取り戻すように来てくれて、よく「うるっと来ちゃったよ」なんて言ってます(笑)。
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