2025.12.24 17:30
2025.12.24 17:30
時に若い女優は、唯一無二の個性や美学よりも、わかりやすい可愛らしさや従順さが尊ばれる。でも本来、「人に非ず人を憂う」と書いて俳優。規格におさまらないからこそ、俳優は面白い。
そういう意味でも、咲耶は骨の髄まで俳優だ。集団社会に馴染めず、孤独な10代を過ごした彼女は音楽に救いを見出し、ディープテクノのDJの道へ。そこからまるで抗えない運命に身を投じるように、俳優業へと踏み出した。
そんな新星が射止めた大役が、『火口のふたり』『花腐し』で知られる荒井晴彦監督の新作映画『星と月は天の穴』のヒロイン・瀬川紀子だ。妻に捨てられた傷から男心をこじらせる中年作家・矢添克二の前に現れた若く蠱惑的な女子大生を独特の落ち着きと諧謔心をまじえて演じてみせた。
彼女は決して借り物の言葉で話さない。選ぶ単語ひとつにも、これまでの人生の中で培ってきた哲学と感性が込められている。非量産型俳優・咲耶。その名を、これから多くの人が知ることとなるだろう。

男は本当成長しないのねと思いました(笑)
──咲耶さんは今回オーディションを経て出演が決まったと聞いています。この作品のどんなところに惹かれてオーディションを受けてみたいと思ったのでしょう。
もともと純文学が好きで、いつか純文学の登場人物になってみたいという願望がありました。あとは、フルヌードのお仕事にも挑戦してみたいという気持ちがあって。企画書と準備稿をいただいたのが去年の1月だったんですけど、読んですぐオーディションを受けさせてくださいとお願いしました。
──フルヌードに抵抗がないというのは、こういう言い方が合っているのかわからないですが、ちょっと意外です。
日本では少ないかもしれませんが、洋画では女性のヌードが当たり前に出てくるじゃないですか。私の中で、ヌードはごく自然なもの。大それた覚悟が必要だという認識自体があまりないんです。
──純文学がお好きというのも、個性を感じます。
あまり読書家ではないんですけど、谷崎潤一郎のようなThe純文学という世界が好きです。耽美なものに心惹かれるんですね。もう癖(へき)に近いというか(笑)。エンターテインメント性の高い大衆小説ももちろん好きですが、文章・映像を問わず、芸術に寄った作品を好きになりやすい傾向があります。
──オーディションではどんなやりとりをされたんですか。
よく覚えているのが、自分の好きな本を1冊持ってきてくださいと言われていたんですね。それをみなさんの前で1〜2分読むことになっていたんですけど、私が持っていったのは、母親(俳優の広田レオナ)の本棚からくすねた『死ぬための生き方』というアンソロジーでした。42名の著名人が筆を寄せていて、その中の一人である鈴木清順監督が書かれた「死ぬも生きるも神様のあくび」という一節が学生時代から好きで、そこを読ませていただきました。
でも、その本が読み込みすぎてボロボロだったんです。出した瞬間、監督から笑われて。母のことも監督はよくご存じでしたので、「レオナの娘だな〜」とおっしゃっていました(笑)。
──役を掴み取ったときは、どんな気持ちでしたか。
心底幸せでした。実はインフルエンザにかかって、1回、オーディションを受けられなかったんです。そのときは悔しすぎて、泣きながらご飯を食べました。それくらい本当にやりたかった役。絶対やってやるぞという強い気持ちが、ご縁につながったのかなと思っています。

──クランクインまでにどんな準備をされたのでしょう。
インまで2ヵ月くらい時間があったので、1960年代の若い女性のしゃべり方を研究しました。やっぱり今の私たちとは選ぶ言葉も違いますし、そもそも声の出る場所が違う。当時の方は、もっと低いところから声を出しているんですね。だから、あんなにも大人っぽく聞こえる。特に参考にさせていただいたのは、若尾文子さんです。谷崎潤一郎の『卍』という映画に出ている若尾さんがとっても魅力的で、母もよく「芝居は真似から入る」と言っていましたが、若尾さんの話し方のいいところを盗みながら、紀子の声をつくっていきました。
あと、普段の私は左利きなのですが、当時であれば矯正させられていただろうなと思い、食事のシーンがあったので右利きでお箸を使う練習をしました。まあ、後で私が左利きであると知った監督が、「だったら左利きの設定にしたのに」とおっしゃっていましたけど(笑)。
──矢添は紀子のことをぞんざいに扱いますが、そうやって雑に扱われることに紀子は喜んでいるように見えました。
簡単に言うと、ドMなんですよね(笑)。それでいて、嘘つきで、ずる賢くて、小悪魔。矢添は紀子のことを道具のように扱いますが、最終的には紀子に負かされている。そんな矢添の情けなさに、この作品の滑稽さがよく表れていると思います。
純文学と聞くと、馴染みのない方はとっつきにくいと思われるかもしれませんが、この作品はトンチキなコメディです。実は、笑えるところがいっぱいある。そこがちゃんと伝わるといいなと思っています。
──咲耶さんは、そうした矢添の情けなさをいとおしいと思えますか。
素直になりなさいよ、と言ってあげたいです(笑)。いつの時代も、男は愛をこじらせている生き物。本当成長しないのねと思いました(笑)。

──矢添は入れ歯であることをコンプレックスに思っています。あの必死にコンプレックスを隠している感じとか、見ていていかがでしたか。
隠さなくてもいいのに、と思いますよ。何をそんなに恐れているのだろう、と。女性側はそんなの気にしていないし、紀子ももうわかっている。なのに、ついひた隠しにしてしまう。男の人というのはいくつになってもプライドにしがみついてしまうのだなと思いましたし、そういうところは女性のほうが割り切っていて強いんでしょうね。
──この作品って紀子が矢添に都合良く搾取されているように見えちゃダメで。咲耶さんの演じた紀子は、ちゃんとそのあたりがたくましいから、安心して楽しめました。
紀子は好きでやっているんですよね。確かに「私はあなたのなんなの」と矢添に迫るけど、あれは矢添を焚き付けたくてしていることで、紀子もまた楽しんでいる。出会って早々、彼女は矢添の前で粗相をする。あの瞬間、彼女の中で何かが終わってしまったけど、同時に隠されていた女としての欲があらわになった。
矢添は千枝子に「隠しているものがあらわれたとき、一つのことが終わるのさ。そしてまた別のことが始まる」と言うけれど、あの台詞は紀子にも当てはまるもの。決してただ振り回されているだけの小娘じゃない。彼女は好きで矢添に抱かれているんだということが伝わっていればいいなと思います。
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