2025.12.02 18:30
2025.12.02 18:30
有名人が不倫をしただけで火がついたようにバッシングが巻き起こる現代社会。でも、婚外恋愛こそが正常で、夫婦間に性愛を持ち込むことのほうが異常という社会も、この世のどこかにはあるのかもしれない。人の正義や当たり前はそれほど危うく頼りない。
映画『消滅世界』は、人工授精により子どもを授かることが当たり前となり、夫婦間のセックスは近親相姦と見なされる世界を舞台にした物語。主人公・雨音もまたアニメのキャラクターに恋をし、夫婦とは恋愛感情や性的欲求から切り離された人生のパートナーだと考えていた。雨音を演じるのは、蒔田彩珠。そのミステリアスな存在感が、SF性の高い本作にゾクリとするようなリアリティを添えている。
求めるのは、恋も性もない楽園。現代人がしがみつく“正しさ”を根底から揺るがす狂気と清潔の世界で、蒔田彩珠の新たな魅力が開花する。

雨音の抗いを表現したいなと思った
──この作品の世界観にどんな印象を抱きましたか。
まず原作を読ませていただいたのですが、現実とかけ離れた設定ではあるけれど、いつかこうなるかもしれないと思わせるリアリティを感じる作品でした。もしこの小説と同じような世界になったらどうしようって。現実になってしまいそうなところが怖いなと思いました。
──夫婦間での性交渉はタブー視され、恋愛は家庭の外でするものという独特の世界観でした。
すごい不思議だなと思いました。夫に対して、自分の新しい恋愛相手の話を楽しそうにしていたり。奇妙だし、共感はできないですよね。
──そういう自分の価値観の外にある世界や登場人物に足を踏み入れるというのは、演者としてどんな感覚なのでしょう。
もう想像するしかないですよね。今まで演じたことのない役柄でしたし、私自身が経験したこともない世界なので、自分の経験を生かすというより、完全にゼロからつくるという感じでした。
──そもそも今回この作品をやってみたいと思ったのは、どこに惹かれたのでしょう。
雨音の葛藤ですね。人工授精が当たり前の世界で、両親が愛し合った末に生まれた雨音は、周りから奇異な目を向けられていた。でも、雨音自身はずっと自分は他のみんなと同じなんだと抗っている。その抗いを表現したいなと思いました。
あと、雨音の周りにはいろんな男性が現れるんですけど、相手ごとにいろんな顔を見せるんですよね。そういうところも演じてみたいな、と。
──見ていて、雨音は結局誰のことが好きだったんだろうと思いました。
どうなんでしょうね(笑)。
──水内くんとは精神的に深い結びつきがあるけど、あれは恋愛感情ではないのかと思ったり。
水内くんのことは人として純粋に好きだったんだと思います。ラピスという同じものを好きな同士で。私たちの感覚で言う、推し活仲間みたいな。でも、そこに男性としての魅力を感じていたかといったら、そうではない気がして。もっと友情に近い感情だったんじゃないかな。
──監督のコメントを読むと、蒔田さん自身にも自分自身に刃を向けるような繊細な内省があるのではないかとおっしゃっているのですが、そのあたりはいかがですか。
確かに私もわりと葛藤しがちなところはあります。そういう意味では近いところはあったのかな。なかなか監督に見透かされますね(笑)。

──監督とは役について何かお話しになりましたか。
あんまりなかったですね。もう感じるままにやらせていただいて。お芝居に対しても、特に監督から細かいディレクションが入ることはなく。私の中では、じっくりじっくり撮る方だったなという印象です。
──となると、この余白の広い世界で蒔田さんは何を指針にして立っていたのでしょうか。
相手役の方とのリズムだったり距離感ですね。朔くんには朔くんの、水内くんには水内くんの、水人さんには水人さんの関わり方がある。そこのちょうどいいところを現場で探っていました。
──蒔田さんって普段役を演じるときって、役と自分を切り離して考えるタイプですか。それとも自分の引き出しを開けて、役との接点を見つけて、そこを入り口にしていくタイプですか。
引き出しを開ける人だと思います。その中から、自分と近いところとか、わかるなと思うところを見つけて演じていくっていう。
──そう考えると、今回みたいに自分の引き出しにない役は難しかったのではないでしょうか。
難しかったです。でも現場に入ると、不思議とあんまり悩んだ記憶がないんですよね。すごい自由にやらせてもらった、という印象のほうが強くて。たぶん演じた雨音がローテンションというか落ち着いた役だったから楽だったのかな。わりと普段の自分に近いテンションだったから、無理なく馴染めた気がします。

──個人的にはラストカットが最高でした。
おお、うれしいです。
──まさに蒔田さんの本領発揮だなと。
最後のシーンはワンカットの長回しだったんですよね。で、最後にグーッと私のほうにカメラが近づいてきて。普段ああいう撮られ方をすることがないのでちょっと恥ずかしかったですけど、確かに最後のカットは完成した作品を観たときにゾクッとしました。すごいいい終わり方だなって思いました。
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