映画『フロントライン』の報道記者役で重要だった視点とは
「誰かの心の支えになりたい」桜井ユキが演じ続ける理由と“演じられる日常”に思うこと
2025.06.23 18:00
2025.06.23 18:00
憎まれ役でも共感する人がどこかにいる
──「ダイヤモンド・プリンセス号」の中で何が起きているのかという事に関しては、あの当時はどこか他人事でした。すべてはテレビの向こう側の出来事で、まるでフィクションの世界の話のように受け取っていた節もある気がしています。
分かります。まるで何かのイベントごとのような。
──なので、ニュースディレクターである上野に対する結城英晴(小栗旬)の「どこか面白がってるでしょ」というセリフが強く印象に残りました。
刺さりますよね。あのセリフに、本作における上野の立ち位置がどんなものであるのかが表れています。彼女の存在はどちらかというと、当時の私たちの側にあるものだと思います。つまり彼女は、視聴者である一般大衆の側にいる。小栗さんが演じる結城の言葉の一つひとつが胸に刺さりましたね。

©︎ 2025「フロントライン」製作委員会
──そうしてまもなく、誰もが他人事じゃないと理解することになりますね。
ええ。そういう意味では、私は上野という役を通して当時の自分を省みる機会になりました。撮影期間は本当にいろんなことを考えさせられましたが、特に結城と対峙するシーンは私自身もすごく印象に残っています。
──桜井さんのおっしゃるように、上野というキャラクターは当時の私たちを代表するような存在だと感じました。
関根光才監督、企画・脚本・プロデュースを手がけている増本淳さんからは、彼女が視聴者にもっとも近い存在であることは大切にしてほしいとおっしゃっていました。むしろ、上野を演じるにあたって重要なのはこの一点。演じるうえでの大きな指針になっていました。

──上野に対してほかにはどんな印象を抱いていましたか?
そうですね……やっぱり最初は嫌な人間だと思いましたね。特に序盤のほうなんて、観客のみなさんの誰もが不快に感じるんじゃないでしょうか。脚本をいただいたばかりの頃は、「ここでは登場しないでくれ……」「いまは余計なことをしないでくれ……」と思いながら読んでいましたから(笑)。
──観客のひとりとして、まさにそう感じました(笑)。
ですよね(笑)。でも上野は上野なりに報道する人間としての正義を持っていますし、彼女には彼女なりの想いがあります。そうして自分が正しいと信じて突っ走り、様々な立場の人々と接していくうちに、自らを恥じることになる。彼女のああいったところこそ人間らしいと感じていました。彼女の中には揺らぎがあって、物語の最初と最後では考え方も立ち振る舞いも変わっています。私は彼女のあの変化のグラデーションを大切に演じたいと考えていました。

──上野は世の中の情報を伝えるのが仕事ですが、俳優も演技によって何かを伝える職業だという側面を持っていますよね。演技で表現することの楽しさとは別に、この“伝える”ということにおける俳優業の醍醐味についてお聞きしたいです。
どの役を演じるときにも意識しているのは、私が役を演じることによって救われる人がいたらいいな、ということです。たとえば本作の序盤の上野のような憎まれ役だったとしても、あのような存在の気持ちに共感する人だってどこかにいるはず。評価していただけるようなパフォーマンスをすることも大切ですが、それ以上に私は誰かの心の支えになりたい。これは私が役者をするうえでもっとも大切にしていることで、これからもブレることのない切実な想いです。
──その考えにはどのようにして至ったのですか?
私のお芝居の師匠である石丸さち子さんの教えです。自己満足のお芝居なんて、誰の心にも響かない。誰のためにお芝居をするのか。何のために演じるのか。そういったことを、お芝居を学びはじめてすぐの頃に教わりました。役者というのは生半可な気持ちで務まるものではない。演技の世界の入口で、そう知ったんです。
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