2023.11.18 12:00
ハロウィンなんて存在して無かったかのように一瞬で街はイルミネーション、クリスマス一色ですね。
この世の中の変わり身の速さにいつもついていけず、まだ1人キラキラした街でカボチャを探してしまうのは私だけでしょうか?
今年の11月は半袖で過ごせる異例の11月でしたが、この異常気象のせいで、つい最近までクリスマスどころか、秋も感じられてなかったのに、気がついたら、もうすぐ後ろにいる年末が、私の肩を叩こうとしている事実…あれ?なんか、まだ全然年を越す準備が出来ていなくて、震える。
そうだ、準備ができていないなら、とりあえず1年の総括をしてみよう。
そんなこんなで、1年の総括なんて、12月にするのが当たり前なのかも知れませんが、あえて11月のこのエッセイにて総括をしてみたいと思います。
決して、ネタがないから1ヶ月繰り上げたわけではございません。
じゃあ12月は何を書くつもりなんだい?と、みなさまのおっしゃる通り、私も不安でございます。だがしかし!今!とてつもなく総括がしたい!なので、どうぞ、最後までお付き合いください。笑
よく考えてみたら、普通に生きていて、1年をしっかり振り返る人なんているのだろうか。(気がついたら終わっていて気がついたら始まっているのが年末年始だと思っている)
タイミングが無ければ、総括なんてしない人も多いかと思いますが、1年間、なんだかんだで毎月書いていたこのエッセイを通して、私は私を振り返る事ができました。感謝。これを機にみなさまもぜひ振り返ってみてください。
このエッセイでは特に“私という人間”をテーマにして語る事が多く、数々の自分論エッセイを更新してきました。
しかし、それと同時に、私なんかになんの面白みがあるのだろうか?と本気で考えたりするめんどくさい二面性があるのが木﨑ゆりあなのです。
“昨日の自分を、愛せるか?”
そもそも、連載にこんなタイトルをつけている時点でかなりめんどくさい奴なのです。
私は、いつも“何か”に疑問があって、その答えを探していて、その途中で、楽しんだり、苦しんだりしながら、導き出した正解じゃないかもしれない答えを、自分でも納得する為に、文章や芝居を通して色々な形で表現しているのだと、そう思う。
エッセイというのは文章の中で1番自由な形式で、だからこそ興味があって始まったこの連載でした。
きっとこの1年で更新した私のエッセイ達はすごく統一感とはかけ離れた、自由な文章だったと思う。
時にはおすすめの映画を紹介したり、ただ、幼少期に感じた事を綴ったり、大人になってからの疑問を1本にしたり、、そんな今の私だからこそ感じる事をこの1年、私なりに何かに縛られる事なく自由に書かせてもらったエッセイでした。
仕事もプライベートも、自分のペースでゆっくり、でも着実に目の前の出来事と向き合いながら過ごせた1年でした。
どう過ごしたって、1年なんてあっという間に感じるもので、暇すぎて途方に暮れる長い1日も、忙しすぎて時間が足りない1週間も、変わらず平等に時は過ぎていて、その中で私は、昨日の自分を愛せるような行動を取れていたのか。
明日、自分を愛せているのかなんて、結局、今日の自分には到底分からないけど、エッセイを書いていたこの時間くらいは、昨日を愛せるように自分を見つめ直す特別な時間になっていたと思います。
急に何かを変えることは難しくても、意識して過ごす毎日は、きっと少しだけ違って、それだけで、私は私を褒めてあげたい。
そして11月に総括をしたことによって、残りの1ヶ月ちょっと、最後まで足掻いて、少しでも納得のいく1年の終わり方が出来れば、それだけで上々なのではないでしょうか。
PS.この前、落ち込んでいたら、父が唐突に「お前の親友は俺だからな!」と肩を組んで励ましてくれました、なんて斬新な父だ、私の親友はいいやつです。笑