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COLUMN

宍戸里帆のViddy Well #3

見ることを恐れるな

2023.05.01 17:30

2023.05.01 17:30

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私たちは見る。
何気なく目の前の景色を、映画を、世界を、あなたを見る。
何を見ているのか、それ自体意識する事なく、次から次へと視界に入ってきた情報は記憶の中を素通りしてゆく。
そんな繰り返しの中で、偶然目に入った名前も知らない誰かの美しい横顔を、こちらを不思議そうにじっと見つめる赤ん坊の瞳を、何気なく思い出す。
もしそれらが全て、偶然ではなかったら。
あなたが選んだ結果なのだとしたら。

私たちが人間である以上、視界に入ってくるのものは自らが見たいと望んだものだ。
生まれたての雛は最初に見たものを親だと認知する習性があるらしいけど、私たちは親であれば良いと思う人物を親として視認してゆく。
何かを見ているという事実を意識しないのと同じくらいに、無意識に自分の見たいものとそうで無いものとを選別している。
いつだって私たちの眼差しは、見たいものだけに向いている。
例えば私の存在は、その大半を女の裸体を見たいと思う視線によって支えられている、幻想のようなものだ。
もちろん例外がある事は分かっているが、それらも全て、私を見たいと思う視線という点では同じはずだ。

では、“映画”それ自身はどうだろう。
映画の視線=カメラのレンズとも言えるが、そのカメラはひとりでに撮影をしたりはしない。
どこにカメラを置き、何をどう撮るかは、“これを撮りたい”と思う人間の意識が決める事だ。
しかし一旦カメラが回ってしまえば、カメラの眼は私たちの意識の壁を取り払い、そこに在るもの全てを平等に映し出す。
だから時に、見たくなかったものも、見ようとすらしていなかったものも、見えているはずなのに見ないふりしていたものも、全てを映し出してしまう。
私たちが見たいと願う視線の前に、映画はカメラの視線によって物事を手付かずの状態で差し出してくれる。
その事実を明瞭に指摘したのが、フランスの映画批評家アンドレ・バザンだった。

そんな映画にも、私たちと同じように”見たい”と思うものがあるのだとしたら、それはきっと“運動”そのものであると私は思う。
「映画」=「kinematograph」の語源が、「動き」を意味するギリシャ語 “kinematos” からきているように、映画が誕生したその瞬間から今日に至るまで、映画の興味関心の根底にはこの世界に溢れる“運動”があった。
絵画や写真では表現し尽くせない、動きというものの面白さ。
それらを映画は初めて人々の前に現れた瞬間から、驚くべき形で示している。

第一回目のコラムでも言及したリュミエール兄弟の『赤ん坊の食事』(Repas De Bebe,1895)を見た人々は、食事をする赤ん坊の後ろで何気なく揺れていた木の葉の姿に目を奪われた。
なぜなら、映画が誕生する以前には、それらは知る事の無かった動きであったから。
いや、彼らはとうの昔から揺れる草木など何度だって見ていたはずだ。
しかし、興味の眼差しを向けていない者にとって、草木の動きは見えていないも同然だった。
そんな人々の意識の死角で、草はこうやって風に揺れているのだと、その姿を捉え観客の眼差しの前に差し出したもの、それこそが何を隠そう無機質な“カメラの眼差し”であった。

それから約30年後、リュミエール兄弟の時代の「運動への執着」を「運動の不在」という逆説的な題材で再び画面上で繰り広げた作品がある。
それがルネ・クレールの『眠るパリ』(Paris qui dort,1923)だ。
時が止まってしまったパリの街を舞台に、失われた時間と恋人を取り戻すために奮闘する一人の青年の姿が描かれる。
そこでは人も、モノも、何もかもが静止する。
しかし、たとえ運動が排除された世界においても、それが映画である以上、”カメラの眼差し” を避ける事は出来ない。

眠るように静止している男たちの服の裾が、風によってたなびいているシーンがある。
この裾のたなびきこそが『赤ん坊の食事』でストーリーとは無関係に揺れていた木々なのである。
カメラは「静止」を演じる人間と、風に吹かれて「運動」する服の裾、この両者を同時に映し出してしまう。
意図しないその運動に、我々はたちまち目を奪われる事だろう。
眠ってしまったパリの街で自由にたなびく小さな動きを見た瞬間、世界の息遣いを映画の中に見出すのだ。

赤ん坊が食事する様子を撮影しようとしても、それ以外の世界の全てをも同じ画面内に収めてしまう。
静止を捉えようとしても、予想だにしない世界の運動を映し出してしまう。
そんな時間と空間に向けられて輝く無垢な“カメラの眼差し”に、怖気付いてはいけない。
あなたが向けてこなかった視線、見てこなかった世界、観客を真っ直ぐに捉える映画の眼差し。
その全てに自らの視線を向ける事が出来るようになるために。

私たちは”見ること”を恐れてはいけない。

おまけ

最後まで読んでいただきありがとうございましたm(_ _)m
第3回目となる今回は早速本題に入ってみましたが、今一度、スクリーンの中に何が映っているのかを注視することから始めてみると、この世界の見え方すら変わるかもしれません。

そんな映像体験を歴史上一番最初に経験したであろう人々(リュミエール兄弟の上映会に参加した観客)は、迫り来る列車の映像を見た途端に客席から逃げ出した、というのは有名な作り話ですが、あながち間違いではないのかもしれません。
近い未来では、「初めて『アバター』を見た観客は、目の前の飛び出す映像にその手を伸ばした」なんて言われてるかもしれませんね。

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作品情報

眠るパリ

『眠るパリ・幕間』DVDパッケージ

『眠るパリ・幕間』DVDパッケージ

眠るパリ

1923年製作/フランス
原題:Paris Qui Dort

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スタッフ&キャスト

監督・脚本:ルネ・クレール
出演:アンリ・ロラン アルベール・プレジャン マドレーヌ・ロゴリグ マルセル・ヴァレ

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