ヒップホップで社会を引き抜く! 第15回
2000年代のエミネムが与えた“心の居場所” 家庭や教育に関するリリックを解説
2023.03.22 18:30
写真:REX/アフロ (Photo by John Stillwell/REUTERS/POOL)
2023.03.22 18:30
世界で最も知名度があるラッパーの一人として君臨しているエミネム。デトロイト出身の彼は、ドクター・ドレーのプロデュースで1999年に『Slim Shady LP』でデビューし、2000年代に最も売れたアーティストになった。エミネムが主演を務めた『8 Mile』(2002)は全世界で興行収入360億円の大ヒットとなり、サウンドトラックも400万枚のセールスを記録した。コラム『ヒップホップで社会を生き抜く!』では今までにRUN DMC、ジェイ・Z、スヌープ・ドッグ、フレディ・ギブズ、ケンドリック・ラマーのインスピレーショナルなエピソードを紹介してきたが、当コラム第15回では2000年代エミネムの「心の居場所」となるようなリリックを紹介したい。
Rock Bottom
1999年にリリースされたメジャーデビューアルバム『Slim Shady LP』に収録されている「Rock Bottom」。どん底という意味のタイトルで、ドクター・ドレーと出会う前の経験をラップしている。
──I feel like I’m walkin’ a tight rope without a circus net
サーカスのネットがない状態で綱渡りをしているようだ
──Minimum wage got my adrenaline caged
Full of venom and rage, especially when I’m engaged
And my daughter’s down to her last diaper, it’s got my ass hyper
I pray that God answers — maybe I’ll ask nicer
最低賃金が自分のアドレナリンを閉じ込める
毒と怒りで満たされていく、
特にもう婚約しており、娘のおむつも買うことができない
神が答えてくれることを願う……もう少し親切に聞いてみるか
──My life is full of empty promises and broken dreams
I’m hopin’ things look up, but there ain’t no job openings
I feel discouraged, hungry and malnourished
Livin’ in this house with no furnace, unfurnished
And I’m sick of workin’ dead-end jobs with lame pay
And I’m tired of bein’ hired and fired the same day
俺の人生は空虚な約束と破れた夢ばかりだ
良い方向に向かうといいけど、仕事もない
弱気になって、空腹で栄養も足りていない
暖房も家具もない家に住んでいる
昇進もなく安い賃金の仕事をするのは疲れた
雇われた同日に解雇されるのも疲れた
この曲はエミネムが経験した「どん底」の状況と、その悔しさを詳細に語ったリリックである。娘もおり婚約もしているのに全くお金がない状況、仕事を見つけたと思ったら初日でクビになったこと、叫ぶほど怒っているのに涙が止まらないことなどが語られている。YouTubeのコメントを見ても、多くのファンが「将来が見えずに不安な毎日を送っていた経験」を紹介しており、多くの人に共鳴した曲と言えるだろう。
Sing For The Moment
『The Eminem Show』に収録されている人気曲「Sing For The Moment」。エアロスミスの「Dream On」をサンプリングしており、こちらも「Rock Bottom」と同じくエミネムの人生経験を語ったリリックに多くの人が共感した曲であろう。1stヴァースは家庭に居場所がない子供や、義理の父との関係が悪化していく思春期の少年の感情の爆発について書いてあり、2ndヴァースではエミネムなどのアーティストがそのような子供たちに与える影響について語っている。メディアや親からは、自分のようなアーティストは子供たちにとって悪影響だと思われているが、音楽は子供たちが夢中になる「居場所」にもなるとエミネムはラップをする。
──That’s why we sing for these kids who don’t have a thing
Except for a dream and a fuckin’ rap magazine
Who post pin-up pictures on they walls all day long
Idolize they favorite rappers and know all they songs
Or for anyone who’s ever been through shit in they lives
So they sit and they cry, at night, wishin’ they’d die
‘Til they throw on a rap record and they sit and they vibe
We’re nothin’ to you, but we’re the fuckin’ shit in they eyes
だから夢とヒップホップの雑誌以外、何も持っていない子供たちのために俺らは歌う。
壁に好きなラッパーの写真を貼って一日中眺め、全ての曲を知っている子供たちだ。
人生でクソみたいな経験をして、夜中に泣きながら死にたいと思っている子供たちは
ラップのCDを座って聴いて、心が救われる。
(親やメディアにとって)俺らはなんの価値もないかもしれないけど、
彼らにとっては俺らは唯一無二な存在なんだ。
エミネムは「何もない状況でも、自分の人生を表現し、全てを手に入れることができるのが音楽だ」ともラップしており、この音楽が多くの居場所のない子供たちを救ってきたとエミネムは語る。人生において何かしらの居場所がないと前を向いて生きていくのが難しいなか、居場所を学校や家庭に感じることができない子供たちのなかには、音楽に救われた人も多いだろう。
Revelation
エミネムが加入していたグループ、D12の1stアルバム『Devil’s Night』に収録されている「Revelation」。ピンク・フロイドの「Another Brick in the Wall Pt.2」をサンプリングしており、子供に居場所を与えることができない教育現場や家庭環境についてラップをしている。
──I’ve been praised and labeled as crazed
My mother was unable to raise me, full of crazy rage
An angry teenager, nothin can change me back
Gangsta rap made me act like a maniac
I was boostin, so influenced by music I used it
as an excuse to do shit, ooh I was stupid
No one can tell me nothin hip-hop overwhelmed me
to the point where it had me in a whole ‘nother realm
It was like isolatin myself was healthy
It felt like we was on welfare but wealthy
Compelled me to excel when school has failed me
Expelled me and when the principal would tell me
I was nothin, and I wouldn’t amount to shit
I made my first million and counted it
Now look at, a fuckin drop-out that quits
Stupid as shit, rich as fuck, and proud of it
俺は頭がおかしいと言われ、称賛もされた
母親は俺を育てることができず、怒りが充満していた
怒る10代からは戻れなかったし、ギャングスタ・ラップに熱狂した
音楽にあまりにも影響され、色々なことをやる言い訳にしたことは愚かだった
誰にも何も言わせないし、ヒップホップに圧倒され、違う世界に行ったようだった
孤立することが健康的だと感じて、生活保護を受けていても豊かに感じた
学校は俺を教育することに失敗したけど、俺が成功するように努力をさせた
退学になり、校長に「お前は何者でもないし価値はない」と言われたが
初めて稼いだ億単位の金を数えた
俺を見てみろよ、退学してクソ馬鹿だけどクソ金持ちで誇りに思っている
全員が音楽に居場所を見つける必要はなく、自分が適材適所だと感じた居場所を見つけるのが最適だと個人的には感じているが、ヒップホップアーティストたちが多くの子供たちに居場所を提供していることは間違いないだろう。