コンセプチュアル・アートの騎手、待望の個展
時間とは?価値とは?「ライアン・ガンダー われらの時代のサイン」で見たアーティストのユーモアと鋭い眼差し
2022.08.06 13:00
2022.08.06 13:00
ガンダー自身も忘れてしまうほど散りばめられた作品の数々
続いて二つ目の展示空間に移動すると、壁に埋め込まれたコミック風の目玉がこちらを見つめてきた。
「もし美術館が人であったら、どうなるだろうと考えたことはありますか? 壁についている目は、美術館の中を見渡しています。この施設そのものに目を与えることで、皆さん自身が見つめられる。見る人が見るものを見るという構造になるのです。」

引きで見てみると、壁にはもうひとりの目がある。
「この二つは別々の作品なのですが、今回は並べて展示し、緊張関係を表しました。私自身、この光景は初めて見るので、非常に嬉しく思っています。」

壁の裏側には、大小のさまざまな作品が散りばめられており、ガンダー自身も「ここの展覧会は隠された作品がたくさんあって、私自身もちょっと忘れちゃうことがあるんですよね」と笑いを誘う。

このクシャクシャになった日本円が、壁の穴に詰め込まれているのも作品だ。耳をすますとネズミがいるような音がする。
「これは父親に教えてもらった話から発想した作品です。ある女性が、キッチンに空いていた穴からお金が出ていたのをみつけ、そのお金を出した。するとまた次の日もその穴にお金が入っていて、その次の次の日も入っている。神様の贈り物かもしれないと思いながら女性は毎日お金を穴から出していたが、ある日この穴にもっとたくさんのお金がはいっているのかもと思った女性は、穴の周りの壁を壊してしまった。しかしそこには何もなく、屋根裏に住んでいるネズミが顔を出すだけ。実はこの穴はネズミの通り道で、風をふさごうとしてお金を持ってきて塞いでいるだけだった。
これが何を伝えようとしている話なのか、自分でもよくわからないんですけど、おそらく貪欲になるな、ということでしょう。実はこの会場内には、もう2匹のネズミがいます。」

そう聞いて探してみると、壁の隅に瀕死の状態で横たわっているかわいそうなネズミがいた。

そしてもう1匹は、壁の穴から顔を出して、子どもの声で演説をしている。ガンダーいわく「ポストテクノロジー時代が終わり、人間にとって一番悪となるのがテクノロジーだということを人々が気づいた後のスピーチを考えました」とのこと。そしてこの声は、ガンダー自身の娘の声だそうだ。

《はじめに、言葉がある以前、そこには……》という焚き火の作品は、ブロンズを鋳造して作ったものだ。
「私達人間が他の動物と比べ物にならないほど進化していった理由の一つが、火だと言われています。この火というものを発見したことによって、ライオンに食べられる心配がなくなり、逃げる必要がなくなった。そうすると動き回る必要がないので、余剰となる時間が生まれた。時間というのは、まさにこの展覧会のテーマでもありますが、その何もしないでいい時間は安全に焚き火を囲む時間に変わり、そこからいろいろなことを楽しむ時間ができた。その結果、5万年までイーとかアー、オーといった音を発してだけだった私たちは、言葉を創り出し、物語や歴史などのあらゆるものごとが紡がれていきました。この私達の物語を語り継ぐ言葉は、私達の集合的な記憶にも繋がり、私達を飛躍的に成長させるきっかけになったわけです。しかしそれが今では、プラスチックや汚染物質など世界の終焉に繋がるものを大量に作り出すことにも繋がっている。つまり火は、あらゆるものの始まりであり、文明の終わりを作り出すものでもあると言えます。」


展示をひと通り見終わり、知的好奇心が最大限まで膨らんだところで荷物を取りにロッカーへ行くと、そこにも作品があったことに気づき、美術館を丸ごと展示空間だと捉えるガンダーのはみ出し方に、最初に伝えられたメッセージを思い出す。これは何度も通いたくなる展示だ。
形はさまざまだが、一貫したコンセプトのもとで生み出されていることがわかるライアン・ガンダー展。昨年開催されたライアン・ガンダーが選ぶ収蔵品展も、この展覧会の会期にあわせてふたたび同時開催されている。二つの企画とも、ガンダーらしいアイデアが詰め込まれ、驚きと楽しみと思考が同時に訪れるはずだ。