2025.06.03 17:00
2025.06.03 17:00
松岡充主演のミュージカル『LAZARUS』が5月31日(土)、KAAT神奈川芸術劇場<ホール>で開幕。それに先駆けて5月30日に公開ゲネプロと記者会見が行われた。
伝説的なロック・スターで、1970年代以後のファッションやアート、カルチャーに多大な影響を及ぼし、2016年1月10日に亡くなったデヴィッド・ボウイ。『LAZARUS』は彼の最後のアルバム『★(ブラックスター)』と同時期に制作され、遺作ともなったミュージカルで、2015年にオフブロードウェイで初演されたもの。今回が日本初演となる。

ボウイが主人公を演じた映画『地球に落ちて来た男』(1976年)にインスパイアされた本作は、地球に取り残されたまま酒に溺れ、死ぬことも故郷に帰ることもできなくなった宇宙人トーマス・ニュートン(松岡充)の、その後の物語だ。ニュートンの世話をする女性・エリー(鈴木瑛美子)、その恋人のザック(渡部豪太)。ニュートンの元を訪れるマイケル(遠山裕介)や、ベン(崎山つばさ)とマエミ(小南満佑子)カップル、謎の男・バレンタイン(上原理生)。そして、ニュートンの前に現れる少女(豊原江理佳)。彼らの物語と、少女の登場に戸惑いながらも孤独さから逃れることができないニュートンの姿が、デヴィッド・ボウイの楽曲とともに綴られていく。

この作品をこれから観る人で、デヴィッド・ボウイのことをあまり良く知らない……という人には『地球に落ちて来た男』を予習しておくことをおすすめしたい! 心ならずも地球に落ちてきた異星人、トーマス・ニュートンが、不毛の地となりつつある母星を救うため、世界的な特許をもとに会社を経営していく。しかし、そのビジネスの成功が思わぬ結果を招いていく……というストーリーなのだが、前述のようにこの『LAZARUS』は『地球に落ちて来た男』の数年後の物語という設定。なぜニュートンは部屋に閉じこもり酒に溺れているのか、なぜ絶望しているのか、会話の中に出てくる「メリー・ルー」とは誰なのか。そのあたりを知っておいたほうが、物語の解像度はぐっと深まる。なお、メリー・ルーは妻子を残して地球にやってきたニュートンが、地球で恋に落ち、やがて別れることになった女性。彼が酒に溺れるのも、メリー・ルーがジンを愛飲していたことがきっかけとなる。


もう1つ押さえておきたいのは、この作品は、特定アーティストの既存楽曲を使ったいわゆる「ジュークボックス・ミュージカル」に近いものであるということ。劇中ではこのミュージカルのために書き下ろされた「Lazarus」「No Plan」「Killing a Little Time」のほか、「Changes」「Absolute Beginners」、「Heroes」をはじめとするデヴィッド・ボウイの代表曲を含む全17曲が繰り広げられる。なお、デヴィッド・ボウイの遺志を尊重し、音楽パートは英語での歌唱となるが、日本語字幕はあるのでご安心を。
デヴィッド・ボウイといえば稀代のロックスターだったことは誰もが認めるところだが、彼のイメージについてはどの時代のどんな作品を知っているかでかなり個人差があるのではないだろうか? この『LAZARUS』はボウイ自身がエンダ・ウォルシュとともに脚本も手掛けており、まさに“遺作”となった作品だけに、晩年の彼の内面が色濃く出ている作品と言ってもいいだろう。そしてそう考えると、この作品全体に漂う内省的な空気と、直接的ではなくも濃密に漂う“死”のイメージに納得が行く。自らの死期を悟った人が作品を作り上げるというのは、果たしてどういうことなのか……? 私たちには想像しようとしてもなかなか想像できない、その内面の心の動きをまるで追体験させてくれているかのような作品だ。

そういう前提をふまえてこの作品、特にニュートン役を演じる松岡充を観ると、いろいろなことを感じてしまう。言わずとしれたロックバンド「SOPHIA」のヴォーカリスト、フロントマンであり、ミュージカル俳優としても数多くの舞台に立ってきた彼だが、今作のニュートンはフィクションである『地球に落ちて来た男』の主人公でもありながら、どこか創作時のデヴィッド・ボウイ自身を投影したような人物に見える。だからだろうか、ナンバーを歌う彼の姿はミュージカル俳優としてというよりも、ロックスター・松岡充として、そしてデヴィッド・ボウイ楽曲をリスペクトした歌唱のように見えて、これまでの作品とはまた違った魅力が見えてくる。
次のページ