2023.11.12 17:00
写真:AFP/アフロ
2023.11.12 17:00
権利を自ら所有する
もし誰かが“ジェイ・Zがファッションブランドを立ち上げる”と言ったら、お前は信じないだろうし俺がおかしくなったと思うだろう/それがお前らと俺の違いだ/俺は頭を使い自分で市場を開拓していく「U Don’t Know (2001)」
自分のボスであれ/奴隷たちよ自分の原盤権を所有しろ/それが今でも俺が持っているメンタリティ/金持ちではなく裕福になろう/自分以外で誰が自分を食わせられるんだ?「No Hook (2007)」
1990年代後半から多くのラッパーが大手ファッションブランドと契約するなか、ジェイ・Zは自身のブランド「Rocawear」を1999年に立ち上げた。LL・クール・JがGAP、アッシャーやアリーヤがトミー・ヒルフィガーとパートナーシップを組むなか、ジェイ・Zは自身もファッションブランドと契約することを試みたが、どのブランドからも拒否されたと当時のインタビューで語っている。
彼はレーベル〈Roc-a-Fella Records〉を立ち上げたときのように、若者や子供にとってもリーズナブルでスタイリッシュなストリートウェア〈Rocawear〉を創設し、全盛期には年間7億ドルの売上を記録した。
インディーズでの1stアルバム『Reasonable Doubt』が成功した後、2ndアルバムから名門ヒップホップレーベル〈デフ・ジャム〉とメジャー契約したジェイ・Z。彼は2004年から2007年に同レーベルの社長も務めたが、彼は2004年に社長の座についたときに「2014年に原盤権を取り戻す」という条件で就任したようだ。
「インディペンデントな会社としてスタートして、(メジャーの)システムをよく分かっていない状態でデフ・ジャムと契約した。彼らが原盤権を所有しているなかで、デフ・ジャムの社長に就任するときに“原盤権が俺に戻ってくるなら、その仕事を引き受ける”って言ったんだ」
またジェイ・Zの歌詞には「俺はバーを貸し切りにしない/その店を購入する」というものがあるように、彼は出費だけではなく利益になるように、仲介人を通さずに“ビジネス元”になることを考えているようだ。
存在そのものをビジネスにする
俺はビジネスマンではない、俺という男がビジネスそのものだ「Diamonds From Sierra Leon (2005)」
エンターテインメント・エージェンシー「Roc Nation」、ファッションブランド「Rocawear」、アルコール飲料「D’USSE コニャック」「アルマン・ド・ブリニャック」、スポーツバー「40/40 Club」、音楽ストリーミングサービス「Tidal」以外にも、様々なビジネスを立ち上げ、買収してきた凄腕ビジネスマンのジェイ・Z。今では誰もが利用したことがある「Uber」にも初期に投資しており、様々なビジネスを成功させているが、彼の商材は“彼自身”から始まった。
彼が今年バカルディ社に7億5000万ドルで売却したコニャックブランド「D’USSE コニャック」や、LVMHに2億5000万ドルで50%の株式を売却したと報じられているシャンパンブランド「アルマン・ド・ブリニャック」も、“ジェイ・Z”というブランドを使用して成長させた事業だ。
ジェイ・Zは1990年代からルイ・ロデレール社のシャンパン「クリスタル」をミュージックビデオなどを頻繁に使用してきた。多くのラッパーたちに愛されたシャンパンだが、2006年にルイ・ロデレール社の役員(現社長)がヒップホップコミュニティに対する陰口と思われるコメントをしたことがきっかけで、ジェイ・Zは発売前の「アルマン・ド・ブリニャック」とパートナーシップを組む。彼はブランドの50%の株式を保有した状態で、自身のミュージックビデオで頻繁に同社のシャンパンをフィーチャーし、話題を作っていった。彼は2014年に残りの株式を買い取り100%オーナーとなり、2021年にLVMHに50%を売却した。
ジェイ・Zはレーベル〈Roc-a-Fella〉やブランド〈Rocawear〉と同じように拒否された業界に進出し、自身でブランドを持つことについて2010年のインタビューで語っている。
「俺が持っているブランドは、俺自身の延長線にある。それは単に最高経営責任者になるということとは違い、俺自身が個人的にどういう人間なのかを表すものでもある。服も音楽も俺の延長線上にある存在で、俺がやる全てのビジネスは、文化の一部だ。だからどのような道に進んだとしても、誠意を持っている必要がある。それをアウトプットしたものにみんながついて来てくれると願うだけだ」
資産は貯め込まず投資する
俺は全てのV12エンジンを購入したけど、最初に戻ってやり直せるなら購入しない/当時ブルックリンのダンボで200万ドルでビルを購入できたはずなのに買わなかった/今ではそこは2500万ドルの価値がある/今ではダンボ(愚か者)のような気持ちだよ
俺は100万ドルで絵画を買った/2年後に200万ドルに価値が上がった/数年後800万ドルになっていた/子供たちにこの絵をあげるのが待ちきれない「The Story of O.J. (2017)」
2017年にリリースされた「The Story of O.J.」では、彼は「ストリップクラブで金を投げるよりも良いこと」として、今持っている資産を投資することの重要性を語っている。ヒップホップ初のビリオネアとして君臨しているジェイ・Zだが、彼はビジネスそのものだけではなく、投資で資産を多く増やしている。「Rocawear」を2007年に売却し、2003年にNBAチームのブルックリン・ネッツの部分的なオーナーシップを購入し2013年に売却。上記以外にもアルコール飲料ブランド、音楽ストリーミングサービス「Tidal」、ピザ調理ロボット、オーツ麦ミルク、カナビスブランドなどのビジネスに初期から目をつけ投資することにより、ビリオネアのステータスを達成した。
キャリア初期にメジャーレーベルやファッションブランドとの契約も拒否された結果、独自の力で「ヒップホップで最も稼いだアーティスト」になったジェイ・Z。「500,000ドル(約7500万円)をもらうか、ジェイ・Zとディナーミーティング。どちらがいい?」というテーマに「ビジネスアドバイスは俺の歌詞に全て込められている」と答えたが、「ヒップホップで社会を生き抜く!」第24回ではビジネスのヒントになるような彼の歌詞を紹介した。
現在、ジェイ・Zの地元ニューヨーク市ブルックリン区のブルックリン公共図書館では「Book of Hov」と題した“ジェイ・Z展”が開催中で、彼のキャリアや人生の記念品などが展示されている。彼の人生からインスピレーションを受けたい方は遊びにいくことをオススメする。