日本作品にもオマージュを捧げた背景を語る
『マッド・ハイジ』ハートマン監督&クロプシュタイン監督が狂った快作に込めた熱い想い
2023.07.18 17:30
2023.07.18 17:30
「教えて、おじいさん」の歌詞でお馴染みの『アルプスの少女ハイジ』。日本では高畑勲と宮崎駿によるテレビアニメが記憶に残るが、原作の方は著作権が失われ、パブリックドメインとなっている。そんな背景で生まれたのが、同国スイス出身の監督とプロデューサーが手がけたエログロ&バイオレンスにアレンジされた映画『マッド・ハイジ』だ。
“スイス映画史上初のエクスプロイテーション映画”と謳われる本作は、独裁者によって牛耳られ、搾取(エクスプロイテーション)が蔓延るダークなスイスを舞台に、愛する者を奪われたハイジが復讐を誓う物語。予告編が公開された時から大きな反響を呼んでいたが、一体どんな経緯で本作は誕生したのか。狂っているとしか思えないように見えて、実は非常に心が熱くなる制作経緯とその想いを、本作を手がけたヨハネス・ハートマン監督とサンドロ・クロプシュタイン監督に語ってもらった。
──さて、本作は挑発的な作品ではありますが、まず何故そもそもハイジを題材にしたジャンル映画を作ろうと考えたのでしょうか?
ヨハネス・ハートマン監督(以下、ハートマン) スイスを舞台にし、スイスのクリシェを利用した“エクスプロイテーション”についての作品を作りたくて、そのテーマをジャンル映画に悪用したいと考えたところから始まりました。しかし、スイスで一体どんなジャンル映画が作れるのか。本来なら、スイスでは誰も映画を作らず、ほとんどの人はそういう映画を作るためにアメリカに行かなければならないんです。そこで私たちは、「私たちにしかできないこと、スイスでしかできないトピックスを見つけること」を誓った。そこから、牧歌的で平和で、中立的なスイスを近未来のディストピアする発想が生まれたんです。それから少し後に、映画の中に登場させたい“ありがちなザ・スイスっぽいもの” を挙げていくブレストで「やっぱり一番有名なのはハイジだよね」ってことで、彼女を主人公にしました。
──ハイジにとどまらず、チーズやアーミーナイフなどのスイスのクリシェをネタ扱いする本作ですが、スイス国民からは大好評だったと伺いました。もともとスイス国民はこの類のジョークへの受け入れ耐性が強いのでしょうか?
ハートマン まあ、スイス人は必ずしもセルフアイロニーが得意というわけでもなく、ギャグを受け入れるキャパも高いわけではありません(笑)。たとえば、ドイツのコメディアンがスイスについて冗談を言うとすぐに、多くのスイス人が気分を害します。ただ、私にとってこういうものは結局のところ、この類いのユーモアが好きかどうかの問題だと思います。一部の人々にとってはめちゃくちゃ面白いだろうし、他の人々にとっては「今までの人生の中で最も愚かなものを観ている」と感じるでしょう(笑)。
──本作はクラウドファンディングで制作されたことも重要に感じますが、既存のビジネスモデルに頼らずに乗り切った背景について教えてください。
サンドロ・クロプシュタイン監督(以下、クロプシュタイン) クラウドファンディングは、私たちが最初に着手した資金調達の一部にすぎません。かなりの金額ではありましたが、私たちが作りたい映画を作るためには十分ではないことに気づきました。だから私たちは仕方なく映画の楽しい要素を切り捨てていかざるを得なかったし、それと同時にクラウドファンディングが一定に達してそれ以上進まないようになった。そこでドイツの映画『アイアン・スカイ』にも携わったプロデューサーが、その作品でも使ったいわゆる“クラウドインベスティング”のアイデアを出したのです。これは基本的によく知られるような、映画のTシャツなどの「ご支援いただきありがとうございます」的な物をただ受け取るだけでなく、映画の収入に参加する投資になります。これが、私たちが2,000,000スイスフラン(当時約2億9000万円)を集めた方法でした。
この“クラウドインベスティング”の難しさは、やはり誰も聞いたことのないような映画に投資してもらうことでした。コンセプトトレーラーからは、非常に抽象的なアイデアしか分かりませんし。だから基本的には、とにかくみなさんに押して押して押しまくって、興奮させたりソーシャルメディアで盛り上げたりすることを意識しましたね。しかし、それでも人々に対する投資の動機づけはもっとできたはずです。そんななかでも、みなさんが本当に私たちを信頼してくれました。簡単なことではなかったのに。それによって大変だった仕事も報われました。
本当にありがたいです。そして、私たちにとってもその信頼がモチベーションになりました。19カ国から538人の方々が、多額の投資をしてくれた。それは彼らにとって、ただの金銭的な投資ではなく“感情的な投資”でもあるんです。だから手が止まった時も、作業が続けられました。例え映画作りにおいて最も退屈だと感じる仕事をしていたとしても、自分のプロジェクトにお金を出してくれた人々のことを考えなければいけない。みんなが、心底その映画を心待ちにしている。それを常に思い出すことを心がけていれば、素晴らしい映画が作れると思います。きっとね(笑)。
──“いただいたお金を使っている”という意識を強く持たれていること、その感謝の念に感銘を受けました。ハリウッドなどの大きな予算を持つスタジオも、こういった意識感を強くもてばより良くて画期的な映画がもっと作られるのではないかと感じます。
ハートマン 確かに、大きなスタジオがそういう傾向にいくといいですよね。ただ、ホラージャンルに関して言えば2000年初頭よりずっと良くなっていると感じています。例えばA24といった素晴らしいスタジオの作る映画を観ていると、それがジャンルものでも単なるおバカな作品ではなく深い意味を持つ映画をたくさん作っている印象があります。
──本作はかなりしっかり作られた完成度の高い娯楽映画で、非常に観やすかったです。観客に向けてどういった気配りがあったのか、こだわったポイントについてもお聞かせください。
ハートマン 私たちの目標は常に、ただのホラー映画やアクションを撮りたいだけのアクション映画、ゴア描写を描くためだけのゴア映画を作らないことでした。なので、脚本を開発するときにそれらの要素に頼らず、ストーリーに焦点を当てることが重要でした。表面的にはエンターテイメントだけど、さらに深い意味をサブテキストの中に持つことができることが、ジャンル映画のクールなところだと思っています。誰かが脳のスイッチを切ってただ2時間楽しみたいだけなら、そういう鑑賞の仕方もできる。映画を観終わった後に語りたいタイプの人にとっては、語れるような何かも忍ばせておく。表面に見えるもの以上のものが少しでもそこにあれば、それは私にとって良いジャンル映画と呼べるものです。
クロプシュタイン 彼はその辺に関して、すごく理解している監督だと思います。
※以降、映画の内容について言及しています。ネタバレに注意してください。
次のページ