2022.11.14 21:00
写真:Album/アフロ
2022.11.14 21:00
「事実は小説よりも奇なり」。その言葉を体現するかのような存在として、世界中に知られていた人物が亡くなった。2004年公開の映画『ターミナル』でトム・ハンクスが演じた主人公のモデルとなったメフラン・カリミ・ナセリである。
監督はハンクスと『プライベート・ライアン』、『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』で仕事をしたスティーヴン・スピルバーグ、音楽はジョン・ウィリアムズとお馴染みのタッグで送る本作。東欧の小さな国からやってきた主人公、ビクター・ナボルスキーがJFK国際空港に到着するも入国手続きの直前に祖国でクーデターが起きてしまい、パスポートが無効になって立ち往生してしまう物語だ。空港の一歩外を出れば、そこはもうアメリカ。パスポートを持たないものとして、入国もできなければ“消滅した”とされる祖国に戻ることもできない。そんな彼は言葉も通じない中で、仕方なく空港ターミナルでホームレスとして生活を始める。あり得ないような話だが、実話をもとにした作品であり、もちろんハンクスの演じたビクターにもモデルがいた。その人物である、マーハン・カリミ・ナセルの訃報が2022年11月12日に発表されたのだ。
映画ではビクターの祖国がクラコウジア共和国という架空の国家で、東欧の旧ソ連・ロシア付近にあるものと考えられる。クーデターが起きたという設定は、コーカサス地方のロシア語圏の国家で勃発していた過去からアイデアを得たようだ。ハンクスの話すクラコウジア語はロシア語やブルガリア語などの言語をミックスしたアドリブである。
もともとの実話ではビクターもといナセリはイラン人だった。ハンクスとスピルバーグによる感動ヒューマンドラマは、実のところ想像以上に悲惨なものだ。ナセリは1942年にイランの南西に位置するマスジェで・ソレイマーンに生まれ、1973年にイギリスで3年間留学をした。その翌年、彼はイランでのパフラヴィー朝のモハンマド・レザー・パフラヴィーによる統治に反対する運動に参加。そのせいでイランに帰国後、空港で秘密警察に拘束され、刑務所に収容。国外追放されるまで、4ヶ月の間拷問を受けていたという。そして、彼はヨーロッパに戻り、政治亡命の申請を行うが各国に却下される。最終的に1980年にベルギーで難民として認められ、同国に1986年まで生活をしていたが以前暮らしていたイギリスに移住することを決意し、ベルギーを離れる。
しかし、フェリーの中で「もう出国したから」と難民認定書とイギリス領事館発行の入国許可書を手放してしまった。もちろん、イギリスに着くとそれらの書類がないため入国拒否され、ベルギーに送還される。しかし、そこでも難民認定書などの身分証明書がないため入国できず、イギリスに送還。行ったり来たりをするうちに、イギリスの係員が「フランスなら入国できるかも」と、フランス行きの旅客機に乗せ、シャルル・ド・ゴール空港に降り立ってからが、私たちの知る『ターミナル』の始まりだったらしい。
次のページ